仲正昌樹(第10回)

悪質な二流人間が生まれる理由

 「二流大学」という言い方をすると、多くの人は、入試偏差値とか国家試験の合格率等で、「一流大学」よりも格が明らかに落ちるが、底辺ではない、という意味に取るだろう。私が、自分が務める金沢大学が「二流」であると言う時、それとは別の意味“も”込めている。それほど頭が良くない、つまり学問をするための基本的訓練ができておらず、未熟な思考しかできないくせに、そのことを素直に認められない学生が多い、という意味である。教師に言われる前に、自分で学ぶという積極的姿勢も、自分がバカであることを認める謙虚さもないのが、「二流」の学生である。
 当然、東大などの「一流大学」にも、そうしたどうしようもなく「二流」の学生は一定の割合で存在するが、本当の「一流大学」であれば、天才的に頭のいいことがはっきり分かる学生、勉強が根っから好きな学生が周りにいるので、あまり堂々と「バカな自分」を肯定しにくい。いじけるしかない。逆に言えば、バカが堂々と、「私に分かるように教えてくれない教師が悪い」と吹聴して回れるような大学は、たとえ旧帝大・早慶クラスであっても、「一流大学」としての実質を失っている。
 金沢のような所では、バカに対する牽制になりそうな、目立って優れた学生が極めて少ない。いても目立たない。だから、二流の連中が大手を振ってのさばり、ツイッターやLINEを介してバカ仲間を増殖する。
 二流の連中は、自分がバカであることを素直に認められないので、そのことを気付かせようとする教師にすぐに反発し、「ひどい授業だ」と騒ぎ出す。バカ仲間に「そうだ!そうだ!」と言ってもらって、安心する。騒ぐ一方で、自分が基本的なことを知らなかったのを恥じ、ちゃんと勉強するのならまだいいが、二流は、そんな殊勝な人種ではない。騒いで、仲間に“同意”してもらったら、それは自分が学ぶ必要のない事項になる。そうやって、どんどん「知らないでもいいこと」が増えていき、思考停止状態に陥っていく。
 例えば、私のドイツ語の授業で、「彼は彼女の宿題を手伝う」という意味の文を教える前に、「英語でこれどう言ったかな。中学校で習ったろ。まさか未だに、~ help his home work と言うなんで思ってないよね」、と聞く。誰も答えられない。当然、「困ったもんだ」と言う。そういうことを言うと、すぐに「仲正に傷付けられた」とか、「メンタルが相当強くないと、仲正の授業は苦痛だ」、などとツイッターで騒ぐ――オマエは、バカの王国の王子様か!
 こういう奴らの中から、知識人ごっこをして注目を集めたがる、知の乞食が生まれてくるのだろう。ブログやamazonレビューなどで、「批判」と称して著名人の悪口を書き連ね、無理で幼稚な誤読に基づいて、「この程度で大学教授になれるんだ!」と雄叫びを上げ、溜飲を下げたつもりになる、どうしよもない連中のことである。私の出会った最悪の例が、自称文芸批評家の山崎行太郎やその子分格らしいEasy Resistance(第五回参照)、自称IT企業法務担当で民間論客の伊藤晋(第二回参照)などである。
 最近は、この三者に匹敵するほどひどいのはあまり見かけないが、拙著『カール・シュミット入門講義』に関して、余計な話が多くて無駄に長い、などといちゃもんを付ける失礼な輩が、何人かいる。例えば、どこかの大学法学部生で国際政治学・開発途上国研究をやりたいと自己紹介しているposaune724という人物は、読書メーター(http://book.akahoshitakuya.com/u/185582)で、「講義録だから仕方ないんだろうが、もう少し整理して本にしてくれればいいのに。あまり上手くない比喩も入っていて、そういう点では「無駄に」厚い」と述べている。
 講義の記録なので、普通の書き下ろしと同じ調子で整然と論を進めていけないのは事実であるが、余計なことを文章にするはずがない。シュミットのテクストの特定の箇所に大事なことが書かれているので、短い章句に拘り、その解釈の可能性について検討したうえで、私なりの解釈を示すという方針で講義を進めた。文章にする時は、そういう拘りをより正確な形で表現した。そうやって、私なりの「拘りどころ」を示すのが、どうして無駄なのか?そんな無駄のオンパレードのものを、どうして出版社が本にし、法学や思想史の専門家が読んで評価してくれるのか?
 私は、ネームヴァリューだけで無駄な本を出し、他大学の教員に無理に誉めさせることのできるような大物ではない。無駄でないと思ってくれる人たちが一定数いるからこそ、本として出せるのである。一度自分で本を書いたら、そんなことは分かるはずだが、posaune724にはそんな経験などないだろう。経験がなくても、少し考えれば分かりそうなものだが、posaune724は「少し考える」こともできないくらい、頭が悪い奴なのだろう。
 それに、「うまくない比喩」とは何だ! そんなにたくさん比喩は使っていないし、使っている場合は、分かりやすさをかなり考慮に入れている。私の譬えは分かりやすい、と編集者や親しい読者から言われることが多い。そうでなかったら、本を書いて欲しいという依頼が来るはずがない。どこの譬えが気に入らなかったのかしらないが、自分の趣味で勝手に「下手」と断じているとしか思えない。
 結局のところ、posaune724にとっては、自分の頭ですぐに理解できないことは、無駄なのだろう。向学心があれば、自分にはどういうことか分からないけれど、ひょっとしたら何か重要な意味があるかもしれない、と立ち止まって考えるだろう。そういう反省的思考ができないから、著者や編集者の意図、他の読者の評価など一切無視して、「無駄」と断じてしまうのだ。
 posaune724の他の書評を見ると、著名な学者の著作をあまり根拠も示さずに、「すごい」「知的刺激がある」、という感じで持ちあげている。学習能力が枯渇しているくせに、権威主義的になっている最悪の輩と見た。こういうのが、まかり間違って、研究者の道を歩き始めると、いろんな所に、迷惑をかけて回る、山崎のような人間になってしまうだろう。
 一般的に迷惑野郎の中で特にたちが悪いのは、研究者になりそこなった人間だ。そういう輩は、評論家とか、独立研究者を自称する傾向がある。職業的には、塾・予備校講師、大学図書館司書等がそういう手合いがになりやすいようである――私は、そういう職業の連中の匿名書き込みで、被害を受けたことがある。そういう手合いにとって、私のように、二流大学の教員で、たくさん本を書いている人間は、かっこうのターゲットのようである――度胸がないので、一流大学の教授にはいちゃもんを付けられないのだろう。内の大学の二流君たちの中から、この手の迷惑人間が生まれて来るかもしれないと想像すると、本当に憂鬱である。

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哲学塾

■ちくま学芸文庫 ハンナ・アレント『人間の条件』
2013/02/09(土) 第1章
2013/03/09(土) 第2章
2013/04/13(土) 第3章
2013/05/11(土) 第4章
2013/06/08(土) 第5章
2013/07/13(土) 第6章
講 師:仲正昌樹 →amazonで著書をみる

主 催:rengoDMS - 連合設計社市谷建築事務所

協 賛:作品社
受講料:各回 500円

時 間 : 開場17:45 講義18:00-20:00

ところ : rengoDMSホール / 〒102-0071 東京都千代田区富士見2-13-7 (googleマップ)

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