8月7日に届いた投稿

 この件で「最悪な輩」として批判されている××です。このブログ記事を知り、大変驚いております。
 まず、最初にお詫びしなければなりません。「無駄に長い」「うまくない比喩」などと失礼な言葉を用いてご不快にさせて点につきましては、私に非があります。先生の渾身の著書への感想として不適切であったと反省しております。申し訳ございませんでした。
 しかしながら、この記事に書かれていることについてわたくしの方もひどく傷ついたことを書かずにはおられません。文章を読む限りでは、先生は読書メーターの書評と、私のTwitterのトップ画面しかご覧になっていないように思います。しかしたったそれだけの情報から、なぜ私が「最悪な輩」と言われなければならないのでしょうか。この記事は私への誹謗以外の何物でもございません。
 たしかに私の読書メーターの書評は、「すごい」や「知的刺激を受けた」という文言が目立ちます。それはあくまで書評としてではなく、感想を書いておく場として利用しているからにほかなりません。しっかりとした書評は別のノートに細かく書き、いつでも研究資料として使えるようにしております。読書メータに書いてあることが、私の読書のすべてではないのです。それでも私は、ネット上に載せた思考の断片だけをもって、コミュニケーションを一度も取ったことのない先生に「『少し考える』こともできないくらい、頭が悪い奴なのだろう。」などと言われなければならないのでしょうか。
 この記事の後半の、私への批判は、殆ど憶測ではないですか。なぜ、先生はたった4行の著書への感想と、1行のtwitterの自己紹介だけをもって、私の人間性をここまで否定できるのでしょうか。たったそれだけの情報から、「権威主義的な輩と見た」などと断定することが、なぜできるのでしょうか。敵を決め、憶測で敵の性格を断定し、攻撃してブログで支持をあつめるのであれば、先生の方こそ権威主義的ではありませんか。
 全くの他人である先生から、このような誹謗を受け、画面の向こうにいる現実の私はひどく落ち込んでいます。むろん反省すべき点は、読書メーターでの言葉づかいを含め数多くあります。そうした部分へのご批判は素直に受け入れ、反省し、将来へと続けていかねばなりません。しかし、誹謗中傷の部分は受け入れられません。私を全く知らないのに、憶測だけで行われた人格攻撃については、謝罪と撤回を強く要求いたします。
 私は仲正先生のご著書が好きでした。『今こそアーレントを読み直す』を手にと取り、アレントの世界に引き込まれていきました。その後、アレントの著作を貪るように読んでいきました。『カールシュミット入門講義』も、大きな刺激を受けました。シュミットの著作は「政治的なものの概念」しか読んだことがありませんでしたが、先生の著書を読み、解釈を参考にしながら「政治的なものの概念」を再読し、「政治神学」などを読んでいったのです。たとえば国内政治を語る際に頻出する「決められる政治」について、一度立ち止まって考えるために、シュミットを読むことの重要性は先生の本がなければ考えなかったでしょう。アレントやシュミットといった難解な思想家の本は、仲正先生の本がなければ読むこともなかっでしょう。「いまこそロールズに学べ」も、近いうちに読む予定でした。しかし、しばらくはやめておこうと思います。感想は書けませんし、著者からこのようなことをなさるのであれば、落ち着いて考えながら読むことができないからです。
 私は二流学生かもしれません。まだまだ未熟です。これから考えていくべきこと、やるべきことはたくさんあります。しかし先生の言うような「二流学生」ではありません。積極的に本を読み漁り、考え、調べ、また本を読んで考えるという流れを大学入学以来ずっと繰り返しています。それこそ、私のtwitterを見ている方ならきっとわかってくださるはずです。それなのに先生は殆ど私をご存じないのに、憶測でこんなに酷い攻撃をなさる。
 今私は非常にショックを受けています。いわれのない中傷に、怒りを覚えています。私の読書メーターでの振る舞いについてのご批判は強く反省いたします。しかし、その後の憶測でなされた私への誹謗中傷については、撤回と謝罪を強く要求いたします。
 乱文長文失礼いたしました。