南氏とのやり取り(竹村洋介)

・南氏とのやり取り
伊藤書圭の「疑問。問題」の5.6.7.に戻ろう。これについては南康人(フリースペースima主宰、福井工業大学)と法案上程直後にインターネット上で公開書簡を交わしたので、まずそれを挙げておく。

南 康人
教育機会確保法案の国会上程に際して(メモ)
いわゆる「教育機会確保法案」がついに国会上程されるようである。
この機会に思うところを覚書にまとめてみた。
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現法案については特に論評の価値はないと思う。現行の施策を羅列しただけの法律で、財政の裏づけもない。教育委員会による不登校児童生徒への管理強化の懸念だけはあるが、それは今でも不登校に理解のない市・町や学校では日常的にやられている事である。これが立法化されたからといって、何かドラスティックな変化が教育現場に起こるというような代物ではないようだ。
そうすると、こういう毒にも薬にもならない法律をいったい誰が要求しているのか?という素朴な疑問が起こる。この法案の背後にあるダイナミズムとその推進主体は何者なのか?
当事者団体やNPOではない。全国ネットワークでも意見はまとまっていないし、不登校の親の会などでは、無関心または「よく分からない」、あるいは、懸念の声が圧倒的である。議員連盟も迷走気味である。自民党内は賛否両論割れていて、最終調整ではそのせいで当初の目玉だった「個別学習計画」も法案から消えた。野党の立場も四分五裂でよく分からない。社共は「慎重に」ということで、完全に反対というわけでもないが、推進の立場でもない。誰も表舞台では強力に引っ張っていないのに、どんどん話が進んで立法化されてしまうという実に奇妙な展開になっている。
普通なら、そもそもの話はフリースクール支援なのだからフリースクール業界が後押ししているのだろう、となるわけだが、今のフリースクールの市場規模と参入者に国政レベルに影響を及ぼすだけの政治力は無い。圧力団体も存在しない中での性急な立法化に向けた動きである。そういう不可解な動きに興味を抱いていろいろ考えてみたが、結局、この法案を背後から突き動かしている推進力は第二次安倍政権そのものと「おおさか維新の会」ではないか。
第二次安倍政権は「国家戦略特別区域法」(平成25年12月13日法律第107号)で、従来の文科省の「当然の法理」に基づく規制的な見解を覆して、公立学校の民間委託への道を開いた。これに飛びついて手を上げたのが大阪市・大阪府、要するに橋下率いる「おおさか維新の会」である。
これまでの公設民営学校は私立学校に限られていた。自治体が施設を提供し、民間との協力で学校法人を設立する方式である。特区を利用するものと利用しない制度があるが、実績があるのは前者の方式だけである。「ぐんま国際アカデミー」(平成17年)、「東京シューレ葛飾中学校」(平成19年)、「幕張インターナショナルスクール」(平成21年)等がこの方式で近年設立された私立学校である。
この方式を「国家戦略特区」を使って公立学校へも拡大する、というのが第二次安倍政権の目論見であって、これは日本経済再生に向けた「第三の矢」-日本再興戦略(平成25年6月14日閣議決定)-としても位置づけられている。
わかりやすい例としては、インターナショナルスクールの公設民営化などが外資誘致施策として位置づけられているようだ。グローバル人材を特区に集めるためには、海外から移住する社員の子弟の教育費を公費から支出し、社員の福利厚生における多国籍企業の負担を軽減するという話である。また、国際バカロレア認定教育を行う公設民営学校をつくって、逆に日本から海外へ飛び出す「優秀」なグローバル人材を育てるといった「エリート養成」の様な事が構想されているらしい。
ただ、文科省は抵抗の姿勢を崩しておらず、国家戦略特区ワーキンググループにおける関係各省からの集中ヒアリングにおいては、「公立学校教育は、設置者である地方公共団体の『公の意思』に基づき実施されるものであること、入退学の許可や卒業認定等の公権力の行使と日常の指導が一体として実施されるものであること、等を踏まえれば、これを包括的に委託すること(包括的に委託しつつ、なおこれを公立学校教育と位置づけること)は困難」であるとして、公設民営の公立学校については原則反対の主張を行っている。
というわけで、安倍首相が任命する文科相と「当然の法理」を盾に抵抗する文部官僚との間では、現在、激しい水面下での攻防が繰り広げられていると推測される。当然、日教組もこの対立では「宿敵」文部官僚と呉越同舟の共闘関係にあるわけであり、近年、安倍首相が国会で「ニッキョーソ!」野次など飛ばして苛立っていたのも、ここら辺の事情に起因しているのかもしれない。
これはまだ特区を利用した制度の話にとどまっているが、現在、ナショナルレベルでの公立学校の民営化に踏み切って、公教育民営化の先陣を切ったのがスウェーデンとイギリスである。第二次安倍政権としては、当然、この二国の状況をにらみながら、今後の教育改革の舵を切っていくつもりであると思われる。
この20年間で、スウェーデンではすでに義務教育課程の18%、高等教育課程の50%が「フリースクール」となっているそうである。イギリスはその後を追っているが、既存の公立学校を民営化した「アカデミー」と、新たに民間主体で設立される「フリースクール」の数が急増している。イングランドでは2012年段階で1700校以上の「アカデミー」が開校、2013年から100校以上の「フリースクール」が開校を許可されている。こうした方式の原型となっているのは、米国の「チャータースクール」である。
つまり世界的なトレンドでは、すでに「フリースクール」とは、自由教育運動に起源を有する「子ども中心主義の教育を行う学校」の意ではなく、ネオリベラル的教育改革の目玉として位置づけられた公設民営学校のことなのである。当然、この施策を突破口として民間資本への教育市場の全面開放が目指されるわけだが、これについては意外にも、営利企業の参入を認めているスウェーデンが先陣を切り、イギリスは逆にまだ慎重に規制している段階である。日本では平成15年より、構造改革特区において、「特別なニーズ」が認められた場合、という限定条件つきで株式会社による学校設置は認められている。
第二次安倍政権としては、こうしたネオリベラル的公設民営学校=「フリースクール」を全国区で制度化していくにあたっては、文部官僚と日教組という二つの強力な「抵抗勢力」をどう切り崩すのか、というのが最大の課題となってくる。おそらく小泉政権下での郵政民営化時に匹敵するような大掛かりな「サウンドバイト」(メディアを総動員した単純なスローガン煽動による世論操作)が準備されていると思われ、そこら辺では橋下率いる「おおさか維新の会」が突撃隊の役割を果たすことになるのであろう。
他方でこうした施策を推進するにあたって、公設民営学校=「フリースクール」の優位性というものをイデオロギー的に誇示する必要がある。「教育市場を営利企業に開放せよ」などというむき出しの資本の論理では、公共性の観点から社会の広い支持が得られない。そこで出てくる二つの主要なイデオロギー的粉飾が「競争原理導入による生産性向上」と「教育による社会階層移動」(=子どもの貧困対策)である。イギリスでも「アカデミー」設置は、最初は労働党政権が進めた政策であり、その対象はいわゆる「教育困難校」だったわけである。
ところが現実には、教育市場の資本への開放はむしろ教育格差を拡大しているようだ。スウェーデンでは学校間の平均的な成績の差異(分散値)は、1998年の9%から2011年の18%へと倍増している。また、「フリースクール」が行動面での問題を抱える移民や発達障がいの子どもの受け入れを忌避している(支出される予算は同じで人件費はかかるという経営上の利害から)という問題もメディアに取り上げられているらしい。「フリースクール」がインクルージョン(包摂)ではなく、エクスクルージョン(排斥)を率先して実践するという皮肉な逆説である。先進モデル国での「理念と現実の乖離」は無視しえないレベルに達しているようだ。
そうしたヨーロッパでの現実を横目に、平成25年11月5日の定例記者会見で、下村前文科相は特区での公設民営学校について次のように述べていた。「先日、自民党の文部科学部会勉強会で私が説明しましたが、(…中略…)党内においてはかなりの反対がありました。その中で最終的に了解されたのは、既存の公立義務教育機関であっても、学校の中で十分に対応できない子供たちがいるのではないかと。例えば不登校児とか、それから発達障害児とか、そういう、つまり既存の教育の中でこぼれてしまった、あるいは、それではもの足らない、例えばもっとスポーツに特化した、あるいは芸術に特化した、そういうことを学びたい、教えたいということの中で、公立学校でできない部分について、この国家戦略特区の公設民営学校で既存の公立学校にできない教育対応を、そういう子供たちに対してするというのを公設民営学校のイメージとして考えているということで、党内了承が最終的には得られたものです。」
そういう点では、馳文科相は先見の明がある政治家であり、日本では夜間中学と不登校対策が政治的突破口となるだろう、と先陣を切って走り出した結果が、この議員立法ではないかと思われる。もともと公費による設置は今の文科省が認めるはずがないのだから、最初から金を引き出すことは計算されていない。制度に「風穴」を開け(ようとし)た与党内での実績をつくり、自らが矢面に立つ文部官僚との全面対決への政治的足がかりを掴んでおくという話なのではないか。
こうなってくると、日本でも、いずれスウェーデンやイギリスのような公教育の全面的民営化に踏み出すドラスティックな教育改革が日程に上ってくるのは明らかで、この問題の射程は不登校対策などという個別政策の枠組みを既にはるかに超えている。その時、反対勢力がどういう「公」教育を目指すのかという対抗ヴィジョンを強力に示せなければ、今の一部のNPOのように、世論はネオリベラル的教育改革の怒号にあっという間に飲み込まれてしまうだろう。今の国会に上程される教育機会確保法案は、その来るべき嵐の前兆なのである。

竹村 洋介
大変ためになりました。文部科学省官僚がどういう立ち位置にあるかについては、いままで私が考えていたのと反対のものでしたので、もう一度よく整理して考え直してみようと思います。私としては、(義務)教育を、学校教育から生涯教育(学習)に肩代わりさせる法案だと読んでいましたので(それによって文部科学省は傘下の領域が増える)。自身が、生涯学習論を教えている身なので、過敏になっていたのかもしれません。それと私は疎いのですが、インクルージョン教育の視点からはどう見えてくるのか、より詳しく教えていただけると幸いです。現状の教育機会確保法では、より裕福な家庭が、一般の”公立”学校より、”上等”な教育を買うことを許す、すなわち教育のネオリベラルな改”正”-教育の市場での売買-へとつながるように私には思えるのですが。

南 康人
インクルーシブ教育との関係では、どういう事態になっていくのか注視が必要だと思っています。これは数年前にスウェーデン国営放送が放送した番組で、フリースクールによる「問題行動児」の排除問題を取り上げてるらしいのです。
http://www.svt.se/ug/friskolor-valjer-bort-besvarliga-elever

竹村 洋介
長文お許しください。
教育機会確保法案の国会上手に際して(メモ)を拝読させていただきました。このメモを発表されたことを本当にうれしく思います。教育学を教える身でありながら、諸外国のこと等まったく疎く、恥じ入る思いでした。このメモを拝読して、私が考え違いをしていたことや、見解の狭さを思い知らされた思いです。しかし、それでもなお幾つかの疑問点が残りました。解説を頂ければ幸いです。また私の誤読・誤解があればご指摘いただければ、幸いです。
まず全く無知なために教えていただきたいのですが、スウェーデンの「フリークール」、イギリスの「アカデミー」「フリースクール」はどういうものなのでしょうか?イギリスは(他のヨーロッパ社会もそうではありますが)階級格差が ひどく、1970年代まで高等教育進学はごく限られた人にのみ開かれていたのが“学制改革”によりポリテクニックが再編され大学になることで、大学進学率 が急上昇したと聞いています。それがサッチャーズ・チルドレンということになるのでしょう。南さんが書かれる「アカデミー」はこれと何か関係があるのでしょうか? 前者は生涯学習化の一貫で、高等教育のアウトリーチを伸ばしたものだとみています(もちろん私はサッチャリズムそのものに反対です)。
次に文部科学省は「公設民営の公立学校については原則反対の主張を行っている」とされておられますが、文部科学省は「民営」「公立」についてそれほど拘泥しているでしょうか?生涯学習化した社会においてはそれらの区分は実際上なくなり、ネオリベラリズムの市場経済原則にさらされながらも文部科学省の管轄下に入るということにはならないでしょうか?
 アメリカ合衆国の「チャータースクール」に関してはお書きの通りだと思いま す。ただ「世界的なトレンドでは、すでに「フリースクール」とは、自由教育運動に起源を有する「子ども中心主義の教育を行う学校」の意ではなく、ネオリベ ラル的教育改革の目玉として位置づけられた公設民営学校」とありますが、ネオ・リベラリズムに裏打ちされた生涯学習社会にあっては、必ずしも「公設民営」に 限らず、純然たる営利企業であっても同じではないでしょうか?ですので、「民間資本への教育市場の全面開放が目指される」という点においては全くの同意です。そしてかのネオリベラリスト小泉純一郎が言ったように「退場すべきは退場」ですから、「教育市場の資本への開放はむしろ教育格差を拡大」するのはむべなるかなです。すでにこういった「特区」制度によらずとも、大学は通信制の社会人入学などを通して、教育格差をいやおうなしに進めてきました。「公設」にした方が初期設備投資が不要なだけ、民間の(教育)資本はより参入しやすいでしょうが、それを除けば純然たる民間「教育」資本も教育市場に参入してくるのではないでしょうか?私見ではこれらはすでに1984-1987年に設置された臨時教育審議会が打ち出した(当時としてははっきりと答申には書き込まれませんでしたが)自由化≒ネオ・リベラリズムの延長線上にあると思えるのです。
 そして最後にしてもっとも見解が分かれる点として、文部科学省は第二次安倍政権に反対しているかという点です。たしかに臨時教育審議会では文部省&日教組連合v.s.中曽根ネオ・リベラリズムという構図はありました。そしてその結果が生涯学習化だと考えています。
しかし、今回はこの構造は当てはまらないのではないかと考えています。安倍首相、下村前文科相が、それぞれ東京シューレ、フリースペースえんを視察したの は、内閣として当然のこととして、文部科学省官僚がそれを押し止めたでしょうか?私にはそうは思えません。フリースクールにいくばくかの財政的援助を与えるのと引き換えに、「生涯学習」機関化し管轄下に置くというのが狙いなのではないでしょうか?(ここでは1条校かどうかは問いません。その垣根を取り払うことこそ、生涯学習化ですから)。こう考えてくると、文部科学省は、この法案の上程を推進しこそすれ、反対に回るとは思えません。またたとえ、現状で反対に回ったとしても、この法案が可決され施行されるとなると、文部科学省は自らのアウトリーチを広めるためにこの法を利用する方向に走るのではないでしょう か?杞憂であればよいのですが。
 メモを拝見させていただき、慌てて書いたものですので、事実誤認や取り違えがあるかもしれません。そうであればお許しください。ではありますが、私が抱いたいくつかの疑問点にこたえていただければ幸いです。

南 康人
コメントどうもありがとうございます。どうも日本の事ばかり見ていても、この問題はわからない、と思って、にわか勉強で荒っぽいですがメモにしてみました。いろいろとご批判いただけると幸いです。本当は、イギリス、スウェーデン両方の事情に通じてる比較教育社会学の方から、ちゃんとしたご教示いただけると良いのですが。どなたかご同業の方におられませんか?

イギリスの事情については、僕がざっと目をhttp://www.juef.sakura.ne.jp/bulletin/vol.16/juef_2012_16_03_mochida.pdf通したのは「連立政権のフリースクール政策に対する労働党の態度」(望田研吾、2012)http://www.juef.sakura.ne.jp/bulletin/vol.16/juef_2012_16_03_mochida.pdf「イ ギリスにおけるキャメロン連立政権下の教育改革の動向」(久保木匡介、長野大学紀要 第34巻第3号 25―40頁(199―214頁)2013)https://nagano.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1064&item_no=1&page_id=13&block_id=17で、恥ずかしながら、ここに書かれている以上の事はよくわかりません。

公設民営学校(フリースクール)は全面的な民営化への通過点ではないか、というのはその通りだと思います。ただ、国によって労働組合や教員組織、学校組織の歴史的な特異性がありますので、そこら辺では多様なエージェントの複雑なからみあいで、多様な民営化形態や教育福祉ミックス?みたいなものが産まれてくる可能性もあるんじゃないかと。そういう具体的な特異性のなかでは、そのまま生き残っていくフリースクールも出てくるのではないかと思いますが、どうでしょうか。http://www.svt.se/ug/friskolor-valjer-bort-besvarliga-elever

スウェーデンが教育市場民営化の最先端を走っている一方で、イギリスでは教員労働運動が未だ頑強な抵抗を続けているといった辺の事情、スウェーデンの産別組合なんかはどういう方針でいるのか詳しく知りたいところです。

文部官僚の「抵抗」については、仰るとおり、先行きどうなるのか僕もよくわかりません。今回の法案は公立学校民営化の根幹部分には手をつけていませんので、官 僚としては警戒しながら静観という構えじゃないかと思います。特区についてはもう法律が通っているので、官僚としては「粛々」と進めていくしか道はないんじゃないでしょうか。官僚の「抵抗」は、既得権益を守りながらズルズル後退していく籠城戦のようなもので、最後は資本に無血開城といったイメージなのですが。本来の抵抗勢力は日教組だとは思うのですが、こちらは既に戦意喪失、瓦解状態のような感じで、イギリスでのような抵抗戦は期待できそうにないなと思っておhttps://nagano.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1064&item_no=1&page_id=13&block_id=17ります。適当な感想ですみません。