匿名希望(第3回)

今月の「千字綴り書き」(第3回)、「絶滅危惧人種について」。

 佐渡の朱鷺に代表される鳥類などの絶滅危惧種に関しては、観察者がいて、種の存続に警鐘を鳴らし、官民あげてその保護や支援に余念がないけれども、肝心の、我が人間界の絶滅危惧人種に関しては、いくら諸行無常盛者必衰が免れられない娑婆世界の事とは言え、滅び去って行くものに対して世間は何故か冷淡である。
 彼ら絶滅危惧人種に対し、監督官庁の特別記念物指定はおろか、朱鷺のような手厚い保護や暖かい支援の手が差し伸べられたという美談は、寡聞にして聞いた事がない。従って、我々はまったく無関心のうちに、彼らの存在を忘れ、彼らが何かの拍子にひょっこり姿を見せた時、エッ、まだ生息していたのか、と驚く事になる。上記の「彼ら」とは「乞食」のこと、複数形で表記してしまったが「我々」とは「筆者」の事である。

 今年の春浅く冬の風がまだ冷たく頬を打つある朝の事であった。所要があって、横浜開港記念公園や山下公園の近くに自作の卵焼き入り弁当と熱いお湯を入れた魔法瓶を持って出かけたのである。
 ところが所要は案外早く済んで、用意して来た弁当も魔法瓶も出番がないまま持ち帰る事になった。せっかく横浜まで来てこのまま帰るのも何となく物足りないし、取り分け、自作して持って来た弁当をそのまま持ち帰るのはいかにも残念である……。
 そんな思いで最寄りの地下鉄の階段を下りて行くと、階段に併設された上り用のエスカレーターの乗り口近くに、男性の「乞食」がいるではないか。
 昨今ホームレスは星の数ほど見かけるけれども、「乞食」となると話は別である。過去の記憶を遡って、これ以前に「乞食」に遭遇したのはいつの事か? まったく思い出せないほど茫洋としてしまう。
 そこでガゼン興味が湧いてきた。どうせその日は予定を早く切り上げ、時間が空いていたので暫く観察する事にした。
 歳の頃は30代前半、まだ若い。惜しむらくは一見してキャリア不足の感が否めない点だった。両腕を膝に乗せ、一応正座はしているものの、足のシビレを紛らわせ、あるいは緩和させようとしているのか、上半身の体重を膝に乗せた両腕で突っ張るように前傾姿勢で踵を浮かせているので、「乞食」をしていると言うよりも、むしろ「反省してます!」といった新米の風情なのである。道行く人に「食」を「乞う」身分にしては明らかに職業意識にかけていると言わざるをいない。頼りないのだ。端から見ていて、つい、“そんなことじゃダメじゃないか、もっと徹底しろ!”と苦言を呈したいような歯がゆい有様なのであった。
 ここであえて筆者の抱く「乞食像」を記すならば、まず、風貌は人生の艱難辛苦が自ずと滲み出ているようなしわくちゃ顔の年齢不詳、髪はボサボサ髭ボウボウで共にのび放題、汚れ放題。首筋手足などは積年の垢をウロコ状につけて直接肌がわからない状態。身にまとっている物と言えば原型をとどめないようなボロを十重二十重に重ね着し、しかも汚水と汗を20年分しみ込ませ、その上に糞尿鼻汁で艶だしした感じ。その匂いの凄い事、腐臭を好む銀蝿すら敬して近づかず、敏感な子犬など瞬時に臭殺するほどの破壊力を持つ。
 物乞い作法にしても、ヒラメのごとく平身低頭、額を地面にこすりつけて沈黙のままジッと屈辱を噛み締め、ひたすら思し召しを乞うのであった。
 かかる、筆者の抱く古式豊かな乞食像からすると、件の「乞食」氏の気合いと覚悟の欠如は何とも残念であり物足りなさを感じざるをえなかったが、それでも今時、貴重な絶滅危惧人種であることに違いはない。
 正座した彼の膝の前にはカップラーメンの空容器が1個置かれ、その中を覗くと10円硬貨と100円硬貨が何枚か入っていた。多分、事前に自分で仕込んでおいたのだろう。髭も剃ってあるし今朝風呂に入ってきましたといった感じ、服装も小奇麗で、スニーカーを履いた彼はいかにもそこらのあんちゃんだ。立ち上がって近くの壁にでも寄りかかっていれば彼女と待ち合わせをしていると言っても通用しただろう。風体だけを見れば筆者のほうがよっぽど警戒されそうである。
 しかし、それにも拘らず、今時あえて若いみそらで「乞食」を選ぶとは余程の確信犯かも知れない。ひょっとしたら、この男ディオゲネス【註】かも……と想像を逞しくしてみたのである。それなりに理由と覚悟があってのことと思ったのである。

 暫くして声をかけてみた。弁当もあるし、魔法瓶には熱いお湯だってある。要求されれば近くのローソンで発泡酒も悪くない。山下公園で早春の海を見ながら一緒に弁当を食べませんか、と誘ってみる。
 何せ、相手はディオゲネスかも知れなのだ。アレクサンドロスの“上から目線”で妙に機嫌を損ねられては困るので、筆者は注意深く彼の前にしゃがんで「反省しています状態」の彼に目を合わせるようにして話しかけると……、この事態、我がディオ氏にとって、想定外だったらしく、明らかに困惑動揺の体で一瞬グッと顔を引いて目線をそらし、小刻みに顔を横に振るではないか。
 この横フリ、擬音で表現すると、“シッ! シッ!”とでも表記すればいいのだろうか。露骨にいやがって、早くあっちへ行ってくれ、と排除の意志が全身にみなぎっていた。
 それでも諦めず「弁当も余っているし、そんなに気にしなくてもいいですから……、実は、私、行くとこがないんです。お願いします」と畳み掛けても、我がディオ氏の意志は固い。「反省してます」の姿勢でひたすら“シッ!シッ!”であった。

 思えば、筆者が上京した70年前後は上野駅構内など特にそうだったけれども、普通に「乞食」を見かけたものである。筆者にとって、乞食や「靴磨」は新宿や銀座のネオンサインや喧噪とともに上京時の記憶と深く結びついている。
 それがいつからだろうか、都会のネオンサインや喧噪は相変わらずだけれども、気付いてみれば靴磨も乞食も駆逐され、ターミナル駅の構内、かつてそこに靴磨が席を並べ、乞食が屯していた同じ空間をホームレスが占有してしまった。
 「乞食」の消滅とともに、行路病者に一杯の水を差し出す優しさも消え、「靴磨」がいなくなった時、仕事をシェアする他人への思いやりも忘れられて行く。 
 何が哀しくて乞食なんかに、との思いもあるが、この世にあるもの悉皆意味を持つと思えば、彼らもまた都会の片隅にしぶとく生息して欲しいと思うのである。

 あの横浜の新米ディオ氏、あれからそろそろ10ヵ月を経過し、根性入れてちゃんと「乞食」のキャリを積んでいるだろうか。彼が排除される事なく、風景の一部としてとけ込んでいけるような、そういう都会が筆者は好きだ。

ディオゲネス

 【註】http://ja.wikipedia.org/wiki/ディオゲネス_(犬儒学派)