仲正昌樹(第8回)

何も考えてない“学生”たち

 前回、二流の金沢大学の厄介な学生の話を書いたが、あれが掲載された直後、またまた典型的なバカ学生がツイッターに湧いて出た。
 私は専門の政治思想史の他に、ドイツ語を週二コマ担当している。法学類一年生向けの時間帯である。普通の大学だと、英語と第二外国語の授業は、受験の際に希望を聞いたうえで最初からクラス分けしているが、金沢大学は学生に好きな先生を選ばせるようにしている。私が金沢大に勤め始める前からある制度なので、由来はよく分からないが、学生に授業を選ぶ権利があってしかるべき、という理屈らしい。
 当然、第二外国語は、最も初歩から学ぶわけだから、教えることはほぼ決まっている。教えることが違っていたらおかしい。本来、クラスを選ぶ材料などないはずだが、学生にシラバスを読ませて選ばせるというのが建前になっている。シラバスから分かるのは、その先生が厳しそうかどうかくらいである。シラバス+先輩の噂で決めることになる。先生が、日本人かネイティヴかという違いもあるが、内の大学の学生はそんなことは一切考えない。単純に、単位が取りやすいかどうかだけである。それを、内の大学のお偉方は、学生の主体性を重んじるカリキュラムだと称している。まともな大学ではない。
 私を知っている人には、想像がつくと思うが、私はどの先生よりも厳しめにシラバスを書いている。しかし、具体的に厳しく書いているのは、「三回以上の無断欠席は放棄と見なす」という点だけである。他は、他の先生のシラバスとほとんど違わない――違いようがない。実際の授業でも“厳しい”が、具体的には、宿題をやってこない学生、遅刻がひどい学生、受け答えや挙動からして意識朦朧としている学生に、その都度注意しているだけである。
 そんなの当たり前のことでないといけないはずだが、内の“ゆとり学生”たちは、授業中叱られた経験がほとんどないらしい。また、語学の授業でも五回くらいは、欠席する“権利”があると思っているらしい。そういう“ゆとり君”たちは、ちょっとでも、厳しくされると怨みに思う。ツイッターで怨みがましいことをツブヤク。ご丁寧なことに新入生向けに、「ドイツ語を取るなら、仲正という奴だけはやめておけ」などと書く。それを真に受けて、「他のクラスが定員一杯で、抽選で仲正になったらどうしよう」という話題で、盛り上がる、クズの新入生もいる。
 今年は、そういうクズが三匹湧いて出た。その内、一番ひどい奴は、「ドイツ、抽選で仲正になったらスペインに逃げる!」とツブヤイタ。しかもアホなことに、すごく分かりやすいハンドルネームを付けている。金沢大学法学類の一年で男子という時点で、既に、一〇〇名くらいに絞り込むことができる。そいつは、プロフィールで、自分が関西人であると書いており、ハンドルネームに関西弁らしい語尾を付けているので、ハンドルネームから、誰なのか簡単に分かった。
 このアホに対しては、「私から逃げたかったというのであれば、ちゃんと理由を書きなさい。見ている不特定多数の人は何を想像するか、分からないだろう。私や大学が君の書き込みの波紋によって多大な迷惑を受けたら、責任取れるのか。法学を学んでいるつもりなら、それをやったらどうなるか、帰結をちゃんと考えてから行動しなさい」、というメッセージを送っておいた。そうしたら、すぐに書き込みを消し、その後、なりを潜めている。
 こいつに限らず、最近、すぐにバレそうなハンドルネームで、先生や友人、仕事の関係者などを誹謗し、バレルと大慌てする、ゆとり君が増えている。分かりやすいハンドルネームを付けるのは、自分の存在を多くの人に認め欲しいからだろう。そのハンドルネームで、怒らせたらまずい相手をdisるのは、恐らく、自分ではなく、相手が悪いことを、誰かに認めてもらって安心したいからだろう。分かりやすいハンドルネームで、まずい相手をdisる以上、バレた時のことを覚悟しておくべきだが、その覚悟が全然ない。幼稚だとしか言いようがない。
 内の田舎学生がアホなだけであれば、まだ救いがあるのだが、結構いい大学の学生が、後先考えず、思いつきをツブヤキ、不特定多数の他人の承認(RT)を求める。最近個人的にむかついた例を二件挙げておく。
 一件は、ICUの現役学生と卒業生で編集者をしているらしい二人の会話。どちらも政治思想史関係のゼミ出身らしい。「千葉眞先生と川崎修先生にお会いしたけど、二人とも私のような若輩にも敬語で接してくださり、本当に腰が低い。すばらしい人格の方たちだ。それに引きかえ、仲正先生は人格がゆがんでいるとしか…(笑)」、という。千葉さんや川崎さんを尊敬するのは勝手だが、どうして突然私を引き合いに出し、disるのか。当然、私はこの連中と全く面識はない。私の本の後書きなどから、勝手に連想したのだろう。仲正などどうせ小者だからdisって大丈夫だと思ったのだろうが、知らない人間についてこういうことをツブヤク自分の人格についてどう思っているのだろうか? そんなことで、院生や人文系編集者とやっていけると思っているのか?
 もう一件は、三月に出した私の著書『カール・シュミット入門講義』をめぐる、東大駒場の院生と、もう一人の院生らしき人物の会話。片方は、プロフィールに実名らしきものを載せている。彼らは、私を直接disったというよりは、私の本を某サイトで紹介した某経済評論家をdisったのであるが、どうも私までdisりたりような口ぶりだった。要は、その評論家がシュミットを理解していないので、自分たちが正しいシュミット像を示し、名を挙げたいということなのだろうが、私に対する扱いがひどくぞんざいだ。「仲正氏の本未読だが、まあ、○○の問題に関してはシュミットはかなり誤解されていて…」という調子である。これだったら、仲正なんて素養がないから、どうせこの評者と同じ様に誤読しているんだろ、読まなくても分かる、と言わんばかりである。著者である私に対して多少なりとも、学問的な敬意をはらうつもりがあるなら、最低限、「後で仲正氏の本そのものに当たって確かめないといけない」くらいは言うだろう。
 法哲学・法思想系の難しい理論を囓った学生には、自分も偉い人間になったつもりになり、「まあ、○○さんの△△理解は…」とか言いたがるのが、少なくない。飲み屋や喫茶店で言うのなら別に構わないのだが、ツイッターで公言すれば、その○○さんを敵に回すことになる。私のようなのは小者なので、敵に回したって構わないと思っているのだろう。だったら、こっちも遠慮しないぞ、という気になる。
 欲求不満を解消するためにツイッターで他人をdisり続けていると、思考停止してしまって、どんどんバカになっていくのか。そもそも元々バカで不安定な奴が、ツイッターにへばりつくのか。こういうのが大学にどんどん増えているかと思うと、本当に憂鬱である。

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哲学塾

■ちくま学芸文庫 ハンナ・アレント『人間の条件』
2013/02/09(土) 第1章
2013/03/09(土) 第2章
2013/04/13(土) 第3章
2013/05/11(土) 第4章
2013/06/08(土) 第5章
2013/07/13(土) 第6章
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主 催:rengoDMS - 連合設計社市谷建築事務所

協 賛:作品社
受講料:各回 500円

時 間 : 開場17:45 講義18:00-20:00

ところ : rengoDMSホール / 〒102-0071 東京都千代田区富士見2-13-7 (googleマップ)

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