天皇について(6)西洋列強と日本~西洋文明と日本文化(1) たけもとのぶひろ【第55回】– 月刊極北
たけもとのぶひろ(第55回)– 月刊極北 天皇について(6) ■西洋列強と日本~西洋文明と日本文化(1) このあと前回を引き継ぐ形で、いくつかの論点について議論を続けたいと思います。 最初に問いたいのは、西洋列強との […]

たけもとのぶひろ(第55回)– 月刊極北 天皇について(6) ■西洋列強と日本~西洋文明と日本文化(1) このあと前回を引き継ぐ形で、いくつかの論点について議論を続けたいと思います。 最初に問いたいのは、西洋列強との […]
たけもとのぶひろ(第54回)– 月刊極北 天皇について(5) ■明治天皇制国家を考える(3) 「国家的国民の余儀なき選択」 前回、明治の教育制度について考えました。それは、初等・中等教育と高等教育をはっきり二分するこ […]
たけもとのぶひろ(第53回)– 月刊極北 天皇について(4) ■明治天皇制国家を考える(2) 引き続き明治国家について考えます。前回みたように、統治主体の「天皇」には、「たてまえ」の天皇と「申し合わせ」の天皇があって、 […]
たけもとのぶひろ(第52回)– 月刊極北 天皇について(3) ■明治天皇制国家を考える(1) 明治国家には、そもそもの成り立ちや造りからして “嘘や誤魔化し” の類いがあって、そのことが国と人びとに災禍をもたらす因(も […]
たけもとのぶひろ(第51回)– 月刊極北 天皇について(2) ■ “欺瞞の権威” 明治天皇の悲劇 明治の新しい指導者たちは、倒幕(=徳川慶喜征討)の大義名分を得るために、若き明治天皇の名において「王政復古の大号令」を発 […]
たけもとのぶひろ(第50回)– 月刊極北 天皇について(1) ■明治天皇ないしは天皇という存在について 明治時代・明治天皇のことを考えようとすると、その前に、天皇とはどういう存在であったのか、との問いが立ちはだかるのを […]
たけもとのぶひろ(第49回)– 月刊極北 永続敗戦論(3) ■「侮辱」を感じないことの「無責任」を考える さて、白井聡著『永続敗戦論』です。その第一章第一節は、「私らは侮辱のなかに生きている」――ポスト3・11経験、と […]
たけもとのぶひろ(第48回)– 月刊極北 永続敗戦論(2) ■要するに臆病なだけの話ではないのか? 正しくは「敗戦」なのに「終戦」と言ってしまう。それは「すり替え」「隠蔽」「欺瞞」である。「終戦」ではなくて「敗戦」でな […]
たけもとのぶひろ(第47回)– 月刊極北 永続敗戦論(1) ■白井聡著『永続敗戦論』の問題提起 大東亜戦争はアジアの解放をうたいながら、実はアジア侵略の戦争でした。結果は、日本の「敗戦」に終わりました。しかし、その敗戦 […]
たけもとのぶひろ(第46回)– 月刊極北 戦争と同じかそれ以上に難しい「平和という事業」 2回にわたって上山先生の戦争体験を学んできました。端から死あるのみと死んでかかることによってはじめて得られる「死の覚悟」、みずか […]