今月のラッキー

今月のラッキー

 昨年の夏からシコシコ続けていた、世界性学全集第1巻『戦争と性』(河出書房、一九五六年刊)の復刻版の下版がようやく終わり、今日(24日)はいつもよりちょっと長めの散歩を戸山公園でラッキーと楽しんできた(写真Ⅰ、今月のラッキー参照)。陽気もよくて結構リフレッシュ出来た感じがしたのは、あるいは気のせいか……。
 『戦争と性』、予定では昨年の年末に出したかったのだけれども、トラブル続きで、結局、半年遅れの刊行となってしまった。ご迷惑をお掛けした関係者にはこの場を借りて謝罪したい。連休を挟むので書店に並ぶのはちょっと遅れそうだが、それでも5月20日頃までには何とかなると思う。乞うご期待。(写真2)。

写真2、戦争と性

写真2、戦争と性

 小保方晴子博士についてちょっと。
 彼女、姓は小保方でも、それほど「オボコ」でもなさそうだし、名前は「晴子」でも一向に疑惑が「晴れる」兆し無し。「博士」の肩書きも風前の灯火と聞く。事ほどさように看板にケチがつきながら、それでも「居酒屋系オジさま族」の人気は絶大である。
 晴子さん、文系・理系を問わず、専門家・学者間での評価が下がれば下がるほど、(私もその一人ですが)外野席に陣取る「オジさま族」からの声援は熱くなる一方なのだ。
 「なんでこんな未熟なヤツが理研にいるんだ」とノーベル賞の野依良治理事長は薬缶頭(写真3)を沸騰させた(『文春』)そうだが、その辺の事情は、「36歳で京大教授」「日本科学界の宝」「ノーベル賞候補」「再生医療に関する世界のトップランナー」(いずれも『文春』)、「天才」(朝日新聞)の笹井芳樹先生(写真4)が一番良くご存知知のハズである。

写真3、野依理事長

写真3、野依理事長

写真4、笹井先生

写真4、笹井先生

 要するに、理研級の頭脳も下半身は「居酒屋系オジさま族」とさほど違いがないと言うだけの話なのだけれども、論文問題で理研の調査委員会がその点にまったく触れないまま、晴子さんの「研究者としての未熟さ」だけに原因を求めて騒ぎを逃げ切ろうとするから、学者と「オジさま族」との間に齟齬が生じ、評価を二分してしまうのである。晴子さんを「下半身で持ち上げるオジさま族」と、「科学者的頭脳で貶める学者連中」の論拠が全然噛み合っていないのだ。
 そこで私は提言したいのだが、とにかく、あんまり難しく考えないで、今回の事は総て「下半身の問題」と総括し、いい加減に終息させ、みんなそれぞれ早く本業の研究活動に精を出せるように頑張って欲しいと言うことである。晴子さんに関しても、会見でのあの「憂い顔」(写真5)に免じて、未熟ではあっても不正は一切なかった事にするのが一番いいのではないか。理研はスケベを詫びて、晴子さんは未熟を詫びる――。これぞまさに喧嘩両成敗で、メデタシ、メデタシである。

写真5、憂い顔

写真5、憂い顔

 世間の人気さえあれば、「人生色々、私も色々」で、総てが赦された元首相の例もある事だし、「居酒屋系オジさま族」が親衛隊として、背後に控えている限り、晴子さんがどんな詭弁を労して自己弁護をしようが、彼女を助ける為なら、我々オジさま族は、騙された振りをする事に吝かではないし、一丸となって結束弁護し、非難の矢面に立つ覚悟は出来ているのである(勿論、私だってその覚悟である)。晴子さんの不正なんかみんなで一斉に忘れましょう! なかった事に決めましょう! 今なら通用する。大人の対応が求められる所である。
 ただ、(蒸返したくないが)正直な事を言うと、私は晴子さんの主張にも問題があったと思っている。そもそも彼女がお白州に上らされているのは、作法を含めた論文の不備ではなかったか。(晴子さんにも言い分はあるだろうけれども)それを認めている以上、いくら彼女が「過失」か「故意」の問題に論点を持って行っても意味がないと思ったのだ。
 相撲のルールで土俵に上がりながら、反則を咎められたら、野球のルールで反論しても意味がないように、科学論文の不備を科学者に咎められて、何故法律家に話を持ってゆくのか、これでは論点がぼやけるばかりで、その後の混迷の大きな責任がここにもあったと思っている。晴子さんを応援したいだけに歯がゆい思いとともに、心を痛める原因にもなったのであった。むしろ疑惑発覚以後、ひたすら嘘泣きに専念していればよかったのに、それをキチンとアドバイスしてやれなかったオジさま族の一人として心残りである。
 晴子さんに関してはこれで終わり。

 昨年の5月を最後に投稿が途絶えていた、たけもとのぶひろさんから、久しぶりに原稿を頂ける事ができた。
 この一年間、たけもとさんには、上山春平さんの『憲法第九条――大東亜戦争の遺産』(写真6)の編集企画に加わって頂くとともに、長文の解題も担当して頂いた。本著に関しては、本ブログでも二回ほど関連記事を載せているので関心のある方は、そちらをご覧になってみて欲しい(2014年1月8日2014年4月2日、編集部便り)。

『憲法第九条――大東亜戦争の遺産』(写真6)

『憲法第九条――大東亜戦争の遺産』(写真6)

「9条にノーベル賞を」(写真7)

「9条にノーベル賞を」(写真7)

 今回投稿して頂いた原稿は、『憲法第九条――大東亜戦争の遺産』の主旨が、少し前、新聞紙上で話題になった「憲法第九条をノーベル賞に云々」という記事(写真7)と相通じる所もあり、その関連で更に内容を敷衍してみるのも面白そうだと言うことで、彼に話題を振った所、意気に感じて執筆して下さったものである。今回を皮切りに、(月刊という枠に囚われず)何回かに渡って紹介したいと思う。