[編集部便り]
ワールドボーイ(3)


極北編集部・極内寛人
2016年8月1日

 「編集部便り」、ワールドボーイの三回目をお届けします。これのどこが「編集部便り」なのか? 私自身、納得してもらえるような説明のできないのがつらいところでありますが、「編集部便り」の主旨が、『極北』の継続を寄稿者の好意にばかり委ねておくわけには行かないし、せめて編集部の私も、それらしい努力の姿勢を示さないことには立場が無い——というような、消極的動機に始まり、毎回苦し紛れにネタをひねり出しては、やっとの思いで書き散らしてきたというのが、正直偽らざるこれまでの経緯なので、ここは深く追求する事なく、雑誌で言う「埋め草」程度に解釈し、大目に見て頂けるよう期待する次第であります。

 さて、〝社会人〟になって、私の最初の職場、㈱K電機は、板橋区の志村坂上に本店、他に同区坂下の高島平に倉庫兼店舗、更に荒川を横切る国道一七号線に架かる戸田橋を埼玉側に渡って五〇〇メートル前後走った交差点沿えと、そこを左折し五〇〇メートル前後行った戸田ボートレース場近くの五叉路交差点沿えに各一店舗を構える、合計四店舗からなる家電製品の小売店でした。会社と言うよりもお店と言う方が実体を反映しています。
 従業員の内訳は、社長(四〇歳前後)、専務(二七歳)、部長(二六歳)、課長(二四歳)、係長(二〇歳が二名)、平社員(一六歳が二名)、それに新入りの私一五歳であります。
 肩書きだけを見ると、兵隊よりも〝幹部〟のほうが多いですね。まるで末期を迎えた新撰組みたいであります。実質と実体があまりにもかけ離れすぎていて、決して見栄えのいいものではありませんが、社長は〝肩書ごっこ〟が好きだったのでしょうか。あるいは、そこまで深く考えていなかったのかも知れません。ただ、お店を「会社」と称し、店員を「社員」と呼ぶあたりに〝虚栄かぶれ〟の権威主義的センスの片鱗が垣間みられます。

 社長は現場というか、店頭に立つことは一切なく、他の店員がワイシャツネクタイに上着の作業着スタイルだったのに対し、何時も太った身体をスーツでキチンと包み、アタマもポマードでオールバックにビシッと固めていました。また、全然乗る機会も必要もないのに、車は中古のキャデラックを所有し、戸田の五叉路交差点近くの店舗脇にトタン屋根付きの駐車場を作って放置したままにしていました。
 前々回の「ワールドボーイ」で、私の入社後、最初の仕事がお店のトイレ掃除だったと記しましたが、一九六八年四月一日、午前のトイレに続いて、同日の午後に与えられたメインの仕事がキャデラックの洗車だったのです。まだ、上京して一日目の一五歳の田舎者には車種も分からないし、ましてやそれが外車である事も分かりません。ただ、妙にデカイ乗用車だなと思った記憶がございます。
 四カ月後の八月に夏休みのアルバイトで来た日大生と一緒に洗車した時にはじめて、これがキャデラックというアメリカの中古車だと教えられ、どうりで……と納得した記憶がございます。この日大生、社長の〝悪趣味〟をクチを極めて嘲笑痛罵していたのが印象的です。

社長所有と同種のキャデラック。色も同じだ

社長所有と同種のキャデラック。色も同じだ

 かつて、所得日本一になるほどの資産家で、有力財界人を父親に持つ、糸山英一郎という元衆議院議員は(現職は新日本観光の会長など数多)、中学高校時代、何回も警察沙汰を起す札付きの不良少年だったらしく、父親に勘当されていた六〇年代の一時期、外車の中古販売をやっており、その時、セールスマンとして凄腕を発揮し、日本一の中古外車売り上げ台数を記録した事があると、『太陽への挑戦』という自伝の中で自慢気に記しています。
 この記述を読んで、一番最初に私の脳裏をよぎったのは、件の社長のことでした。また、この事があったが故に、四〇年以上も前に、たまたま斜め読みした(どうでもいいような)自伝も糸山英太郎と言う人物の名も、私の中に残ることになったのでした。
 糸山氏は、私が最初に仕えた件の社長を典型とした、スノッブの虚栄心を巧みにくすぐり、ほとんど使用に耐えないようなポンコツ外車を売りつけ、その事によって、当時高度成長の中で小金に躍る大人の虚飾を嗤い、不良少年を出自とする自分の意地と、大人への反抗心を満たしていたのかも知れませんが、今、振り返って当時を思うと、件の社長のような人物はあの時代にどこでも見かけたのであり、「大型中古外車販売業」という大きな市場が成立するほど、そのメンタリティーは全国に充ち満ちでいたんだろうなという気が致します。将に、スノッブ社長もまた〝時代の子〟だったのであり、それを思えばどこか懐かしさのような親近感を抱いてしまうから不思議です。

 高度成長時代に話題になったモーレツ社員や、あるいは植木等が主演した、無責任シリーズなど、大手企業を舞台にした経営者や社員を(揶揄を含め)取り上げた映画や、評論は多いような気がするのですが、この「編集部便り」を綴りながら、ふと気付いたことは、身近にあんなに沢山いたはずの、零細企業の経営者などに光が当てられた事は意外と少なすぎたのではないかという現実であります。仮に論じられたとしても、それは、〝大企業の下で収奪される零細企業の経営者〟と言った、いかにも左系のステレオタイプの論考ばかりで、全然実体を把握しておらず、これではいかにも不十分でしょう。今後の課題だと思います。
 次回は、専務以下、社員について書いてみたいと思います。


kanren