たけもとのぶひろ(第30回)– 月刊極北

今月のラッキー

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日本国憲法・第九条にノーベル賞を 上山春平著『憲法第九条―大東亜戦争の遺産』(明月堂書店)が参考になる(8)

 前回の文章でぼくはこう書きました。――そんじょそこらの「普通の国」とはわけが違うのです。なのに、戦争のできる「普通の国」になりたいなんて、あたまがおかしいのではないですか? ――と。重ねていうと、「普通の国」以上の国になりうる条件に恵まれているというのに、どうして「普通の国」にならないといけないのでしょうか?
 いまだに、なんでやねん? の気持ちが収まりません。

 そうこうするうちに日本の政治は大きく動きました。まずは「安保法制懇」の報告書の発表があり、それを受けて安倍首相が「集団的自衛権行使容認」のための「憲法解釈変更」にふみきる決意を表明したのでした。この戦後史上 “最悪の暴挙” について、石川健治・東大教授(憲法学)のコメントをみておきます。
「これは、憲法9条が想定する国際関係観からの大転換であり、ひとたび渡れば引き返せないルビコン川を渡るにひとしい選択である。」(朝日新聞2014.5.16)
 またロイター通信も「戦後の日本の安全保障政策において歴史的な変化になる」と報じています。(日経2014.5.16)

 安倍首相の「憲法解釈変更」決意表明がいかに馬鹿げた有りうべからざる話か、順を追ってみてゆきたいと思います。まず、定義から。
 自衛権とは、「他国から急迫不正の武力攻撃があった場合、実力をもってこれを阻止・排除する、国際法上の権利」とされており、厳密な法理論はわかりませんが “自己保存の本能”とか “正当防衛権” とか、あるいは “自然法“ などの考え方を想起させます。要するに、自国防衛権のことです。自衛権とは、本当はこれ以外にあるはずがありません。ところが、これを「個別的自衛権」とも呼ぶ――なんて妙なことを言いだすものだから、これのほかにまた別の自衛権があるかのように聞こえて、話がわからなくなります。

 実際に、本来の自衛権とは別に、もうひとつ自衛権があって、「集団的自衛権」というのがそれらしいのです。というか、より事実に即して言うと、「集団的自衛権」という考え方を罷り通らせんがために、自衛権といえばそれしかない本来の自衛権(=自国防衛権)に「個別的」という限定をつけ、あたかも二種類の自衛権があるかのように “細工” をしたのでした。

 では、「集団的自衛権」とは、どういう権利なのでしょうか? 「他国に対して武力攻撃があった場合に、自国が直接に攻撃されていなくても、実力をもってこれを阻止・排除する権利」というものがあるのだそうで、それを「集団的自衛権」なんて馬鹿げた名前で呼んでいるわけです。だって、自衛権とは何度も書いたように「自」国防「衛権」なのですよ。

 然るに、主権国家たるものは、自国は攻撃されてもいないにもかかわらず、したがって、本来固有の自衛権発動の要件を欠いているにもかかわらず、攻撃されている他国を助けるために参戦する「権利」がある、というのです。アタマに「集団的」とつけ加えただけで、他国の戦争の片棒を担ぐことができるのですか?
 どうしても「集団」でやりたいのなら、集団的自国防衛だと言葉自体が形容矛盾となりますから、他国防衛でないと話が合わなくなります。集団的という形容がかろうじて通用するのは、自国防衛権=自衛権ではなくて、他国防衛権=他衛権でしょ? 集団的他衞権(=世の中で間違えて「集団的自衛権」と言っている権利)とは、他国の戦争に加担・介入・参戦すること、それ以外のものではありえません。

 見て読んで「他衛権」とは図星やなぁ と感心したのは、南野森さん(九州大准教授・憲法学)の次の文章です。いわく。「それにしても、集団的自衛権とはミスリーディングな名称である。要は、自衛権というより他国防衛権つまり「他衞権」がその本質であって、自国が攻撃されていないのに戦闘を始めうるというこの権利は、本来、実に恐ろしい代物のはずである」(朝日新聞 ニュースの本棚)。

 このように「集団的自衛権」は、恐ろしい代物です。わが憲法の規範とでも言うべき第9条第1項「戦争放棄」理念を全面否定しているからです。当該部分はあらまし次のことを宣言しています。 “日本国民は、国権の発動たる戦争・武力威嚇・武力行使は、(自国防衛のための手段としては避けることができないにしても)国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する” と。憲法の制限規範はここにあきらかです。いわゆる「集団的自衛権」(=他国防衛権・「他衞権」)とは、降りかかる火の粉を払いのける「自衛権」とは違って、そのものずばり「戦争をする権利」のことですから、わが憲法の許容するところではありません。それこそ、まさしく「国際紛争を解決する手段」そのものなのですから。