『キッス・オブ・ライフ』を読んで

鈴木勝生(フリーライター・「新譜ジャーナル」元編集長)

 加奈崎芳太郎の著作『キッス・オブ・ライフ—ジャパニーズ・ポップスの50年を囁く』(明月堂書店)は、A5判ハードカバーで400ページを超える大作。そのずっしりとした重さは、彼の波乱に満ちた濃密な音楽活動をそのまま示している。
 内容は、加奈崎さんが、少年時代から聴いて衝撃を受けたミュージシャンと楽曲を語る心の師匠たち。(通常の音楽雑誌では、敬称略だが、ここでは加奈崎さんと呼ばせてもらう)。レイ・チャールズ、ジョー・コッカー、ジャニス・ジョプリン、ジョン・レノンなど渋い顔ぶれが並び、反骨精神とシャウトする人が揃っている。
 そして古井戸の時代、ソロの時代とメインテーマが続き、本人でしか語りえないディープでリアルなエピソードがぎっしり詰め込まれている。そして再び好きな英米ロックのミュージシャンと楽曲を語り、広島フォーク村初代村長・伊藤明夫氏との対談と続く。ラストは石浦昌之氏による「古井戸/加奈崎芳太郎全アルバム解説」を収録。この解説がまた素晴らしい。時代状況の的確な把握とエピソードを交えた丁寧な説明と鋭い指摘を込めた愛ある評論をバランスよくまとめた貴重な資料である。
 文章は語り口で読みやすい。それなのになかなか読み進めず、1カ月以上たってもまだ本を開いている。中味が濃いということもあるが、私自身がいろいろ考えさせられたり思い出させられたりするためである。
 なぜかというと、この本の冒頭にある。「渋谷の”青い森”のオーデションを受けて大学を中退して、’70年の2月にステージデビューしました」とある。そこから数えてミュージャンとして50周年ということになる。
 この文章を読むまですっかり忘れていたことだが、思い起こすと私は’69年4月に「新譜ジャーナル」という音楽雑誌の編集部に入り、音楽の世界に接することになった。年齢は私の方が5歳上だが、加奈崎さんとほとんど同じ光景を見てきたことになる。同じような音楽を聴き、次々とデビューしてくるミュージシャンたちと出会い、多くのコンサートやイベントを経験してきた。そのため、ここに書かれているちょっとしたことにも興味を惹かれてしまうのだ。
 もちろん見方も感じ方も違う。加奈崎さんはミュージシャンとして、曲作り、スタジオ、レコ―ディンク、楽屋、ステージ上からと常に内側から深く見つめてきている。一方、私は編集者、ライターとして出来上がったレコードを聴き、コンサートではファンと一緒に客席からと常に外側から見てきた。どうしても浅くなってしまうのだが、その分多くのミュージシャンやイベントなど幅広く接することはできた。
 たとえば本書でたびたび登場するRCサクセションの忌野清志郎。加奈崎さんとは「青い森」時代からの盟友で、一緒に曲作りやレコ―ディンクする様子が描かれている。阿久悠の「作詞入門」の本を清志郎が黙って持って行ったというエピソードにも笑える。でもその本を買って読んでいたのは加奈崎さんだった、とツッコミを入れておこう。
 そして私も忌野清志郎のことを思い出す。渋谷の「青い森」で見たことがある。デビュー当時にインタビューしたことがあるが、清志郎は「アー、ウー」というばかりでまったく取材にならなかった。林小(リンコ)は初めから知らんぷりしているし。今から思うと私の質問が的外れでどうしようもないせいなのだが、シラケた状況になってしまった。心配した破廉ケンチが何とか話をまとめてくれて、ようやく記事になったことを思い出した。以来、何度かインタビューの機会があったが、清志郎はもっとも苦手な相手になってしまった。
 それでも事務所は、私がRCを好きなことを知っていたので、よく声をかけてもらった。黒人ドラマーを入れてR&Bバンドに転換したときや、”愛し合ってるかい”に変貌した初期のステージ、たしか名古屋だったと思うのだが、客席はビックリしてシーンとなって、清志郎ひとり飛び跳ねていた。

 その後はご存知の通り。渋谷のライブハウス「屋根裏」の熱狂、日比谷野音での大爆発から武道館へと栄光の道までじっくりと見せてもらった。もちろんインタビュー取材は、遠慮させてもらったけれど。
 そしてもう一つ面白いことに、私は古井戸時代の加奈崎さんに会ったことがない。入社してから5年ほど私は、毎月レコード会社を回り新譜レコードの資料を集め、音楽出版社から楽譜をもらい、その月に掲載する40曲ぐらいの楽曲を決めていた。そして毎月デビューする新人たちにもインタビューしてきた。
 ところがエレックレコードだけはノータッチだった。当時の編集長が担当していたためで、私は所在地も知らなかったし宣伝部員とのつきあいもなかった。そのため古井戸だけではなく泉谷しげる、ケメ、海援隊などにも会ったことはなく、アルバムもほとんど聴いていない。
 ただコンサートだけは観るようにしていた。当時は週に1〜2回ぐらいコンサート取材していて、エレック系では吉田拓郎の東京デビューとなった新宿厚生年金小ホール、紀伊国屋ホールでのマンスリー・コンサート、中津川フォークジャンボリーのメインと後に伝説なったサブステージなど多数。初めて激しい帰れコールを浴びた年末の武道館「音がらみ〜」も。泉谷しげるは、飛び入りで登場した日比谷野音「日本語のフォークとロックのコンサート」、目黒杉野講堂でのリサイタル。東横ホールでの「唄の市旗上げコンサート」や古井戸は久保講堂での解散コンサートなどを覚えている。 
 そして加奈崎さんと初めて会ったのは、2005〜6年ころか、雑誌の取材で諏訪湖畔のお宅にお邪魔してインタビューしたのが最初で最後。本書を読みながら、とても新鮮な感じがしたのは、たぶん加奈崎さんの若いころを知らなかったためかなと思う。何の先入観もなしに読めたのだから。
 こうして読み進めるたびに、いろいろなことが思い出されて、すぐに立ち止まってしまう。全部読み終わっても、またつまみ読みをしてしまうだろう。私の51周年と重なっているのだから、気になるところが沢山ある。たぶんこれからも辞書みたいに常に机の上に置いておく本になるだろう。


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■A5判上製・416頁(ISBN978-4-903145-69-3 C0073)
■定価(本体価格3000円+税)

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エルシーブイFMの人気番組「加奈崎芳太郎のDIG IT!!」初の書籍化!
2019年にデビュー50周年を迎えた古井戸の元・メンバー加奈崎芳太郎が自らの音楽人生と日本のポップミュージックの歴史を30万字にわたって語り尽くすファン垂涎の一冊。 70年代初頭、古井戸のエレックレコード時代を証言する伊藤明夫(広島フォーク村初代村長)との対談も収録。吉田拓郎、仲井戸麗市、泉谷しげる、忌野清志郎らとの数々のエピソードが初めて明かされる。


【2月の加奈崎芳太郎ライブ情報】
2020年2月6日(木)えぞオンプレミアム・浅井のぶ&加奈崎芳太郎コンサート
オープニングゲスト:川上雄大
料金:前売3000円、当日4000円
開場:18時30分/開演:18時50分
会場:札幌市時計台 2Fホール(札幌市中央区北1西2)
お問合せ:ezon@s367.xrea.com