モンスター学生の言い分


仲正昌樹[第65回]
2019年11月2日



近刊予定『デリダのエクリチュール』(ジャック・デリダ 他=著、仲正昌樹=訳)
四六判・上製・224頁・本体価格2000円+税


 しばらく前に、金沢大学のモンスター学生から不愉快な脅しメールを受け取った。「ケーススタディによる応用倫理学」という科目に関してである。これは、全学向けの一般教養科目で、八回で1単位である。学長の方針で、クオーター制が導入され、一般教養科目のほとんどで、八回(二か月弱)で完結することになっている。
 クオーター制の導入前から、原則として授業回数の三分の二以上の出席が単位取得の条件になっている。無論、それは最低条件ということである。ところが時々、これを三分の一までは休む権利がある、と自分に都合よく解釈する学生やそれに同調する甘い教員がいる。それで時々トラブルが起こる。一学期制で、十五回+試験の時でも、語学や実験など参加型の授業では、三回以上の無断欠席は放棄と見なしている先生が少なくなかった。私はクオーター制になってからは、クオーター内での二回以上の無断欠席は放棄と見なすと、学生に繰り返し通知している。四分の一無断欠席すれば、やる気がないと見られて仕方ないだろう。「ケーススタディによる応用倫理学」は、基本は講義だが、私が一方的に話すのではなく、白熱教室――この表現は好きではないが、ピンと来やすくするため、とりあえずそう言っておく――のような感じで、学生に発言させながら進めるようにしている。無論、ちゃんとした理由があり、それをきちんと報告していれば、その限りではない。
 問題のモンスター学生は、学期中二回無断欠席した。一回目の時、警告したが、無視した。二回目の時、予告通り放棄と見なすと伝えたが、その時は、そのことに対して、特に異論のメールはなかった。また、どこの大学でも見られることであるが、授業の終わりに近くなると、ノート、参考書を知って、露骨に帰り支度をする奴が何人かいる。それは私に対してだけでなく、発言している他の学生にも失礼なので、やめるようにきつく言い渡していたのだが、この学生は警告を無視して、露骨に帰り支度をした。やめるように言ったが、すぐには言うことを聞かないで、文句ありげな表情を見せていた。
 そういう学生が警告を受けて、実際、試験を受けに来なかったのだから、それで終わったと思っていた。ところが最終回の試験が終わり、夏期休暇の最後も近くになって、成績訂正の締め切り直前になって急に、「大学の規則では、出席しなければならないのは、三分の二だけのはずだ。自分が出席しなかったのは二回だけだから、本来試験を受ける権利があったはず。だから代替措置としてレポート提出にすることを求める」、という主旨のメールが来たのだ。多分、取れた単位があまりにも少なくても、次の学年のカリキュラムに移行するのが困難になったか、学則を見ていて、都合よく曲解することを思いついたかのいずれかであろう。
 そこで、「三分の二というのは最低限の出席条件のことだ。先生によってより厳しい基準を課していることはある。それに君は、私の注意にも関わらず、帰り支度しているくらいだから、やる気がなかったろう」、と返信しておいた。すると、別の基準を課すなら、予め通告すべきだ、と見当外れなことを言ってくる。もちろん、上記のように私は、メールでも口頭でも何回かそのことを告げているのだが、この学生は自分が知らないのだから、言っていないと同じだと思っているようだ。
 もっとひどいことに、「授業態度が悪いので不可にするということですね。それは不当なので、学務係に相談します。また授業中寝ていた友人が、先生に叩かれたと言っています。これはパワハラです。本人がそう思っていれば、パワハラになるはずです。これも学務係に相談します」、と言いがかり+脅迫めいたことを言ってきた。無論、帰り支度の話をしたのは、それだけ普段の授業態度が悪くやる気がなかったくせに、よくも今頃になってそんなことを言えたものだ、という意味合いである。まともに話ができる人間なら、そんなことくらい分かりそうなものだが、こいつはまともではなかったのだろう。しかも、こいつの言い分通りだと、寝ている学生を起こした時、当人が「いい気持ちで寝ていたのに叩き起こしやがった! 不快だ! 圧力だ。だからパワハラだ」、と感じたら、パワハラと確定することになってしまう。
 言っている内容以上に、利いた風の口のきき方に腹が立った。「ハラスメントと感じたらハラスメントだ」というのは、浅薄な“人権活動家”とかマスコミが流行らせている、極めて雑な物言いだ。正確には、「受け手がハラスメントだと感じたら、たとえそれ以外の相手や状況では問題にならないことでも、ハラスメントになる可能性がある」である。一部の法律家や法学者にも、マスコミ的に流通している雑な言い方をしているので、この学生のような素人が知った風な口を利きたくなるのだろう。なお、私の観察した限りでは、この学生はクラスの中で浮いていた感じで、友人がいたようには見えなかった。本当に、[叩き起こされた⇀パワハラ]と主張している逆恨み学生が実在するのなら、本人が申し出るだろう。
 もっと不快なのは、「学務係に相談します」という言い方である。明らかに、「警察に相談します」をまねた言い方である。身近に、こういう言い方をして他人を脅す癖のある、悪い大人がいるか、テレビのドラマで見たのだろう。ひょっとすると、既にそういう脅しで、教師に言うことを聞かせた経験があって、味をしめたのかもしれない。
 そう思うと、こういう教師を舐め切ったやり口に腹が立って仕方なかったが、一応淡々とした調子で、二回無断欠席にしたことは少なくともメールでは確認できると伝え、授業中の態度のことに言及する意味は、普通に考えれば、「●●であろう」と上記のことを少し詳しく説明した――こんな当たり前の説明をしなければならないこと自体、腹立たしかったのだが。そのうえで、「学務係に相談」したいなら、したらいいが、君のやっていることは脅迫なので、そのことだけは自覚しておきなさい、と伝えておいた。
 すると、またメールが来たが、脅迫だという警告が少し効いたのかややトーンダウンして、「私が脇にそれて、授業中の態度のこととか、居眠りなどのついでの話をしたのは、先生の方が脇にそれたからで…」、と脅迫の原因が私にあるような言い方をしたうえで、「でも、本人がパワハラと思えばパワハラであり、私の友人がそう言っていたのは事実なので、学務係に相談したいと思います」と、またもや脅し文句で締め括った。
 その後も何回か同じようなことを言ってきたが、時間の無駄なので放っておいた。もし、学務係がこの学生のたわけた言い分を本気で取り上げ、役立たずのくせに偉そうにしている理事連中にご注進したりしたら、この機会に、お前たちのそういう体質こそハラスメントだと言って、本気で闘ってやろうかと思っていたが、その後、その手のリアクションはなかった。
 この学生の話自体は大した問題ではないのが、この連載で何度か話題にしたように、中年・高齢者になっても、どこかで聞いたような、警察とか訴訟に関連する脅し文句を口にすれば、世間知らずでひ弱な学者はビビッて降参する、と思い込んでいる非常識な輩がネットに大量に徘徊している。あの学生も、その内、脅しを生きがいにする病的なネット中年へと“進化”しそうな気がする。論理的に筋道立てて考えられないくせに、知った風な口をきく脅迫マシーンを見ていると、人間はどこまで壊れていくのか、と考えてしまう。