[編集部便り]
ワールドボーイ(9)


極北編集部・極内寛人
2016年12月5日

こういう目つき苦手です。勘弁してもらいたい

こういう目つき苦手です。勘弁してもらいたい

 私の一番最初の職場の同僚について簡単に触れるつもりで書き出したら、意図せず、結局、全員に触れざるを得ない形になってしまいました。
 これまで、「社長」、家電修理の下請け氏、「専務」、「部長」、「課長」そして二人の「係長」と順番に紹介してきましたが、これは別に大企業の社員を紹介してきたわけではありません。たった八名の〝名ばかり株式会社〟その実、個人商店のお話なのであります。
 八人中五人が役職付きで〝ヒラ〟は新人の私と、残りの二人だけ。それでも何の違和感を持つ事もなく、お互い〝部長〟〝課長〟と肩書きで呼び合っていたのですから、今にして思えば、滑稽というか、悪い冗談というか、お寒いというか、赤面ものですが、一五歳の新米社会人には、この不自然さに気付くことができませんでした。今の私ならきっとこの恥ずかしさに耐えきれず、それだけで逃げ出してしまうかもも知れません。

 〝ヒラ〟の二人は前年春の中卒上京組で、ともに一六歳。一人は既に連載の第七回に一度登場して頂きましたが、私と同じ新潟県出身で、当時戸田五叉路店を任されていたS氏。
 そしてもう一人は北海道出身で、当時戸田五叉路店の他に、国道一七号線に掛かる戸田橋を東京方面から五〇〇メートルほど埼玉県側に入った交差点沿にあった戸田支店というお店を任されていたSG氏。
 S、SG両氏(役職肩書きが幅を利かすらしい〝大企業風〟に表現すれば)ともに〝ノンキャリ無役のムスケル〟でしたが、それでも一応二人とも〝店長〟で〝長〟の肩書きは付いていましたから、結局、全店員八名中、〝ノンキャリ・無役・ムスケル〟と三拍子揃った正真正銘の〝純粋ヒラ〟は、新人の私一人だけだったということになります。すごい肩書きインフレ商店であります。

 お店は私が入った年もかなり苦しい経営状態だったみたいですが、しかし、その前年はもっと厳しく、〝役職付き〟は言うまでもなく、件のS氏、SG氏まで遅配……実質無給……が常態化していた時期もあったと後で聞かされました。
 しかし、かかる劣勢苦境の中にあっても(というか、そう言う状況下であればこそ)、両氏は文句の一つも言わず、逃げ出す事もなく、お店の危急存亡に敢然と対峙し、泰然として余裕を忘れず、当然のように勤務していたところから察するに、両氏をして、内に尋常ならざる商魂を秘めた〝奉公人の鑑〟〝己を殺して仁を成す〟の実践者、これを高潔な士大夫のパトスに喩えるなら〝人生意気に感ず巧名誰か論ぜん〟、更に軍人に喩えれば〝撃ちてし止まむ〟の敢闘精神を地で行くような、侍の中の侍、白虎隊の中卒版とでも表現していいような気がするのですが、つまり、その点では私も両氏への敬意措く能わざるものがあるのですが、それでも、SG氏とはどうしてもソリが合わず、苦労した事を覚えています。
 私の仕事は、本店のトイレ掃除などのルーチンの他、当面は戸田五叉路店で一年先輩のS氏の助手というか、見習いとして働く傍ら、遊動要員として、必要に応じて「専務」や「部長」の配送車の助手席にすわるというものでした。
 午前8時半頃戸田五叉路店の二階のアパートで起床し「部長」か「専務」の車で、志村坂上の社長宅に行き朝食、午前一〇時本店の開店、更にトイレ掃除等を済ませた後、戸田五叉路店に「専務」か「部長」に車で送ってもらい、午前一一時頃お店を開けて商売開始、何もない場合は午後の一〇時か一〇時間三〇分閉店するまでそこで頑張る事になります。
 そして「部長」か「専務」に車で向かえに来て貰い、本店で売り上げの計算等を済ませて……、となるわけですが、当然、私と一番長い時間を過ごすのはS氏ということになります。
 幸い、私自身、S氏とは気脈もあい、S氏の下で気持ちよく仕事をする事ができました。健康的で明るくて、しかも仕事熱心で教えてもらうところ大でした。
 しかし、SG氏はそうではありませんでした。仕事熱心は認めるとしても、それ以外のところでは、SG氏はS氏の真逆を行っていましたから。

 私は中学を卒業するにあたって、担任の先生から社会人として覚えておくべき事を幾つか教えてもらいましたが、その中の一つに、
 どんな職場でも職場という職場には、気の合わない人間が必ず一人はいる、これは例外無しだ。人間関係で面白くない、気に入らないヤツがいる、アイツには我慢出来ない、アイツさえいなかったら、というような理由で転職しても、まったく意味がない、次の職場でも、また同じ事が起きるだけだ、だから、人間関係の不満で転職しちゃダメだぞ——、というのがありました。

 SG氏の後輩イビリとしか思いないような私への扱いに接して、その度に私は上記の先生の教えを思い出し、内心苦笑いする余裕を持つ事が出来たのです。
 〝あ、先生の言った通りだ、どこにも一人は必ずいるという、その一人がこのSG氏だな〟
 そう思うと、探していた〝珍獣〟を発見したみたいで、いびられているのが苦痛ではなく、逆に彼を観察するようになり、楽しくなるのでした。

 因に、私のソリの合わない人間ランキング
 第一位は神経質な陰々滅々タイプ、
 第二位は歌手の矢沢永一やボクシングの亀田兄弟みたいな突っ張りタイプ、暴走族系もだめですね。
 第三位はファッションやブランド、あるいは食事の味に拘るタイプ、

 大体大きく分けるとこんな感じになるのですが、SG氏は第一位のタイプでした。彼からすれば、私はむやみに明るく、声もデカくてウルサイし、無神経でガサツで、服装にも無頓着で、不潔で……と、まあ、挙げれば切りがなかったのだと思います。いずれにせよ、何事につけて〝大雑把をヨシ!〟とする私とソリが合うはずがないのです。私の総てが気に入らなかったのも納得です。

 以上、今回も尻切れとんぼで失礼します。