「10年前」との邂逅

吉岡達也[第23回]
2015年11月1日

建物の傾きが明らかとなった「パークシティLaLa横浜」

建物の傾きが明らかとなった「パークシティLaLa横浜」

 JR横浜線・鴨居駅の改札を抜け、鶴見川にかかる歩行者専用橋を渡るとほどなくして首都圏屈指の大規模商業施設「ららぽーと横浜」(横浜市都筑区)が目に入る。折しも抜けるような好天。秋の柔らかな陽射しが差し込み、何ともいえず穏やかな雰囲気が流れている。
 10年前――。2005(平成17)年秋から2007(平成19)年にかけ、私は取材でこの場所にしばしば足を運んでいた。三井不動産グループによる「ららぽーと横浜」と大型マンション「パークシティLaLa横浜」(4棟、約700世帯)の13ヘクタールにも及ぶ一体型開発。住まいと商業施設との密接な提携や大規模な緑地整備、大都市への交通アクセスの良好さもあいまって、新たなマンションライフの理想形として多くの注目を集めていた。

首都圏屈指の大規模商業施設「ららぽーと横浜」

首都圏屈指の大規模商業施設「ららぽーと横浜」

 「パークシティLaLa横浜」の各戸の住戸面積は約80平方メートルのファミリータイプが中心で、12階建てという当時としては比較的押さえられた建物の高さも好感を持って受け止められた。敷地内には2万本を超す花や樹木が配された。
 思えば当時、マンション供給は好調だった。新興のディベロッパーが相次いで登場し、工場跡地が次々に超高層マンションへと姿を変えた。1990年代初頭のバブル崩壊以降、住宅・不動産業界の動向も長らく低迷をみせていたが、2000年代中ごろには分譲住宅居住への関心の高まりと共に、マンション需要が増加傾向となっていた。2000(平成12)年成立の「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」(マンション管理適正化法)など関連法整備も進んだこともその背景にある。
 さて2005(平成17)年秋、住宅・不動産業界だけでなく、社会的にも震撼させる事件が起こる。いわゆる耐震強度偽装事件だ。
 千葉県在住の元一級建築士が多くのマンションやホテルの耐震強度を偽装していたことが分かり、社会的な関心を集めた。耐震偽装のマンションを販売していたディベロッパーは倒産し、同社社長らは逮捕・起訴された。住民のマンションに対する信頼の失墜にもつながり、マンション市況にも大きな影響を与えた。
 国土交通省による発表以前から、私はこの事件の断片をつかんでいた。しかし、内容が内容だけににわかに信じられないまま、むしろガセネタであってほしいと思いながら取材していたことを思い出す。同年11月、国交省から元一級建築士による構造計算書偽装が明らかとなった際には、その後に広がる社会的影響を考えながら暗然とした気持ちになった。
 この事件発覚とほぼ同時期に着工されたのが「パークシティLaLa横浜」だった。耐震強度偽装事件に揺れる住宅・不動産業界の「闇」の部分とは全く異なる「光」のように思えたものだった。
 当時、この大型再開発の担当者に耐震強度偽装について話を振ってみた。
 「あれは本当に特殊なことですよ。元々うちとは違いますから」
 あきれた表情を浮かべながら返答されたことを思い出す。
 そして、10年が流れた。
 2015(平成27)年10月、「パークシティLaLa横浜」の建物が傾いているという事態が明らかとなる。基礎工事の際に虚偽の地盤データが使われ、くいが強固な地盤にまで届いていなかったことからマンションのうちの1棟が傾いたという。発見の端緒は昨年秋、住民の一人が廊下の手すり部分がずれているのを見つけたことだった。
 これまでの発表では、くい打ちを行った2次下請けの旭化成建材の担当者が意図的にデータを改ざんした可能性が高まっており、また同社の手掛けた物件のうち改ざんが疑われる物件が全国各地にあることも明らかとなった。こうした流れは10年前の耐震強度偽装事件とよく似ている。
 思い返してみると、10年前も当初は事件再発防止に向けた取り組みに焦点が当たったものの、次第に元一級建築士や元社長の個人的な話題ばかりに関心が集まり、「規制緩和による検査チェック機能の低下」など事件の背景にある議論は次第に取り上げられなくなってしまった。
 実は今回の「マンション傾斜問題」も同じような展開を見せている。いつの間にか2次下請け会社とその担当者ばかりが非難の対象になりつつある。そもそもこの事件はどこに問題があったのかを客観的につかむことが重要だ。住宅問題の根本は居住者の安全、安心を守ることに尽きる。
 販売元の三井不動産レジデンシャルはマンション全棟の建て替えを提案。10月31日、11月1日には住民説明会を開き具体的な補償の中身などにも言及した。しかし建て替えについても法的には区分所有者と議決権の5分の4の賛成と各棟3分の2以上の賛成がないと成立しないこともあり、今後も合意形成なども含め混迷が予想される。

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マンションに近い鶴見川

マンションに近い鶴見川

 「ららぽーと横浜」を出てマンション周辺を歩く。10年近くたって敷地内の緑も成長し、すっかり地域の街並みに調和している。しかし各ブロックには多くの警備員が立ち、背広姿の不動産業関係者が敷地内を巡回している。それにしても事情が事情とはいえ、こうした雰囲気はいかにも違和感があり、居住者にとってもいたたまれない状況ではないかと思う。私はそそくさと10年ぶりの場所を立ち去った。
 やはり「歴史は繰り返す」。問題は何を未来に生かすかだ。



2015年9月28日
「遠くなかった」鴻巣