「公示地価」から見えてくるもの

吉岡達也[第14回]
2015年3月25日

公示地価が商業地最高となった山野楽器銀座本店


 ここ十数年、「公示地価」が3月に発表されるたびに、国土交通省から出された資料一式を文字通り隅から隅まで通読している。誰に頼まれたわけでも、特に何か役立つわけでもないのだが、数日がかりでひたすら読み込む。毎度のことながら途中でどうにも辛くなるのだが、それでもこらえて文字を追う。何とか読破すると、そこはかとない満足感が広がってくるのだ。これを乗り越えないと、私にとっての「年度納め」がなされていないような気になる。2015(平成27)年の公示地価が3月18日に発表されたが、今年もまた活字と格闘し、ようやく一息ついたところだ。
 国交省「平成27年地価公示」を熟読する理由をあえて挙げるとすれば、全国47都道府県の地域経済の現在の動きが土地というファクターを通して、より客観的に把握できるという点にある。
 それは、新聞に例えるならば、各都道府県の地元紙の縮冊版を一気に読み込むようなイメージだ。
 それぞれの地域には独自のテーマがあり、そこに地元の関心が集まっている。ところが東京などの大都市に暮らしていると、つい一般的、普遍的な話題に流されてしまい、地方の実態がなかなか掴めなくなる。公示地価の発表資料はこうした地域経済の最新事情を押さえるうえでも格好の素材といえる。
 とりわけ全国で調査を行った不動産鑑定士(2015年は2496人)によるコメントは第一級の地域の分析資料ともいえる。例えば同じような理由から地価上昇が起きている複数の地域でも、地価を判断するごとにその表現は一様ではない。「不動産鑑定評価基準」という一貫した視点から土地価格を判定する作業により、地域経済のいまを客観的に分析するという結果にもなっているのだ。
 さて、公示地価は地価公示法に基づいて国交省が毎年1月1日時点の全国の土地価格を調査して発表するものだ。土地所有者が市町村に納める固定資産税の基準となるほか、個人・企業が土地を売買する際の目安となるもので、1970(昭和45)年の第1回公示以降、毎年実施されている。2015(平成27)年の調査対象地点は2万3380地点だった。
 今年の地価は全国平均でみると住宅地の下落率が縮小し、商業地では横ばいへ回復。東京、大阪、名古屋の「三大都市圏」平均では、住宅地、商業地ともに2年連続で上昇という結果だった。国交省では国内景気が緩やかに改善するなか、低金利などによって資金調達環境が良好なことが地価の上昇基調につながっているとみている。
 最近の地価上昇に伴うキーワードは①地域再開発と交通インフラの進展②海外富裕層による積極投資③東京五輪に伴う整備――の3点に集約される。
 具体的には、駅周辺の再開発整備、新駅の開業などが直接地価上昇へとつながっている。とりわけ今年3月の北陸新幹線開業に伴う金沢市周辺の地価上昇は象徴的だ。
 また、海外富裕層による投資については、外国人投資家がビル買収などを通じて資金を流入させており、都心部の不動産取引の活発化が進んでいる。
 そして、2020年東京五輪に伴う急激な地価上昇傾向だ。
 そもそも振り返ってみると、不動産鑑定士制度をはじめ不動産価格に関する様々な法整備が進展したきっかけは1964(昭和39)年東京五輪開催とそれに伴う急速なインフラ整備にあった。当時、土地価格の基準が未整備だったこともあって、東京五輪開催が決定する前後から都内の地価は急激に上昇。土地の指数である市街地価格指数は1955(昭和30)年3月を100とした場合、都内の「オリンピック道路」のための土地買収時の指数は約600にまで跳ね上がったという。こうした経緯から、より客観的な視点で地価を評価する必要性が高まったのだ。
 半世紀を経て、不動産価格の法整備こそ熟成の域に達したものの、地価そのものは再び東京五輪を見込んで、一部で急上昇の動きが見られる。やはり歴史は繰り返されるのだ。
 こうしたなか、2011(平成23)年の東日本大震災による影響は依然として被災地の地価動向に大きな影響を与えている。今年象徴的だったのは福島県いわき市の住宅地が地価上昇率の上位10地点を独占したことだ。これは、福島第1原発事故の影響で避難指示が出ている自治体住民の多くが、地元により近い都市であるいわき市への居住を希望した結果、急激な地価上昇を招いたといえる。
 「これだけ土地の値段が上がってしまっては、結局購入することをあきらめざるを得ない」という地域住民の困惑の声が聞かれる。地価上昇によって肩を落とす人々もまた、いる。

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 土地は、その組み合わせや所有者によって、あるいはそれを利用しようとする者の思惑などにより、その価値は無限に変化するものだ。客観的評価から導き出された地価はそんな土地の価値基準として大きな意味を持ちうる。たかが地価、されど地価――。数値の変動から見えてくる動きは、明日の国内動向を知るうえで有益なヒントをも与えてくれる。