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<70年代的なるものと90年代的なるもの>① L⇔R(エルアール) いしうらまさゆき【第3回】 – 月刊極北

<70年代的なるものと90年代的なるもの>
① L⇔R(エルアール)


いしうらまさゆき[第3回]
2016年12月8日
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L⇔R(エルアール)の『Singles & More Vol.2』

L⇔R(エルアール)の『Singles & More Vol.2』

L⇔R(エルアール)の黒沢健一が脳腫瘍で亡くなった。まだ48歳。2000年代以降は華やかな音楽活動も報告されず、なんとも寂しいニュースだった。今日は今日でEL&P(エマーソン、レイク&パーマー)のグレッグ・レイクが……。なんでしょう、いや、ちょっと色々頑張らないとな、と思った。現状に腐っていてはいけない。昨夜たまたまFNS歌謡祭の長渕剛なんかも観た。フジテレビでJ-POP・政権・メディア・オリンピック批判という。1970年代的とは言いませんが、1990年代のムード。久々にこういう風景を見たような。フォークやロックの精神ですよね。ブルース・スプリングスティーンを経由しつつ、メロはディランの”It’s All Right, Ma (I’m Only Bleeding)”風だったし。長渕も右なのか左なのかよくわからない部分があるんだけれど、色んなバランスの中で、ああいったパフォーマンスを演ったということだろう。思えば政権に忖度するテレビとか、営利企業とはいえ、ここのところちょっと狂っている。公共放送のNHKもじっくり観察するとニュースの作りが変わってきていた。問題の会長はお払い箱になったけれど。メディアの作り手も賢い人がちゃんといるから、ここいらで仕掛ける人は仕掛けるんじゃないでしょうか。長渕剛はヘラヘラした人間が嫌いですからね。ここのところテレビを付けると政治家も、アナウンサーも、タレントも、ましてミュージシャンだって、ヘラヘラしてますでしょ。おこぼれには到底あずかれるはずのない儲け話なのにヘラヘラしている。感情に訴える時代なら、別の意味で感情に訴えてやろうじゃないかっていう。ポピュリズム支持者の温床、いつもはおかしな人がおかしなコメントばかり寄せているフェイスブックのコメント欄も長渕サイドに寄っているのが何とも面白いと思った。感情にしっかりと訴えかけて、視聴者の心に届いた、ということだろう。

さて、放言はその位にして(笑)、90年代のL⇔R(エルアール)の2枚組LP『Singles & More Vol.2』(Pony Canyon)を聴いてみよう。1997年のリリース。もう20年近く前になる。L⇔R(エルアール)は1991年にデビューして、このアルバムがリリースされた1997年に解散しているから、90年代を代表するバンドといってよいと思う。この頃はDJブームもあって、LPの新譜リリースが多くあった。1979年生まれのぼくの世代だと、小さいときはレコードやソノシート、小中高でカセット、CD、MD、大学の頃にはダウンロードが始まって…とメディアの変遷をすべて体験できた。ぼくが一番メディアとしてトータル的に優れていると感じたのはLPレコードだった。宇多田ヒカル、UA(ウーア)、サニーデイ・サービス、井上陽水奥田民生、パフィー…手元にはそんなLPがある(CDと並行販売されていた)。ぼくが今も中古レコード狂いになってしまったのは、LPが再評価された、そんな時代のムードがあったからだ。

宇多田ヒカル『First Love』[1999年]とUA(ウーア)『11』[1996年]

宇多田ヒカル『First Love』[1999年]とUA(ウーア)『11』[1996年]

90年代のはっぴいえんど、と謳われたサニーデイ・サービス『東京』[1996年]

90年代のはっぴいえんど、と謳われたサニーデイ・サービス『東京』[1996年]

井上陽水奥田民生とパフィーの『FEVER*FEVER』[1999年]

井上陽水奥田民生とパフィーの『FEVER*FEVER』[1999年]

1991年にデビューし、2003年に解散したミッシェル・ガン・エレファント。ソリッドなロックンロールを聴かせる

1991年にデビューし、2003年に解散したミッシェル・ガン・エレファント。ソリッドなロックンロールを聴かせる

L⇔R(エルアール)のヒット曲”Knockin’ On Your Door”や”Hello,It’s Me”はリアルタイムで聴いた。メロディアスで耳なじみのよいポップ・ロック・サウンドでありながら、作りはマニアック。”Knockin’ On Your Door”なんて、曲名もディランっぽい(”Knockin’ On Heaven’s Door”)なと思うと、ザ・バーズの”Mr. Tambourine Man”のリフ(ロジャー・マッギンが12弦のリッケンバッカーで弾く)がひっそりと織り込まれているあたり、周到で。もちろん90年代サンプリング文化の系譜にあるもの。当時よくありましたよね、元ネタは~だからパクリである、みたいに鬼の首を取ったかのように貶める言説。佐野元春なんかは、そのやり方が早すぎて叩かれてしまった。でも、こうしたヒップホップ由来のサンプリング文化はオリジナリティとはそもそもなんぞや、みたいな問いかけを含んでいる。そしてオーティス・レディングではないけれど「レスペクト」という名の音楽愛が充満してもいて、これはこれで新しい文化であり創造だった。今思えば、マーケティングの発想でヒット曲のコード進行をカット&ペーストしてオケ作りする昨今の方がよっぽど…という気もしなくもない。昨日の長渕が「歌の安売りするのやめてくれ、日本から歌が消えていく、日本から言葉が消えていく」…と歌ったこととも繋がってくるのだけれど。ちなみにL⇔R(エルアール)のプロデューサーは70年代を代表する日本のプログレ・バンド四人囃子のドラマー、岡井大二だった。アナログで聴くL⇔R(エルアール)は、その生演奏のダイナミズムとアレンジを含めた音の作り込みに圧倒されてしまう。ザ・ビートルズも含めた60~70年代ポップスの魔法を90年代的に再構成した作品として、今なお耐え得る音だと思える。それにしても、70年代を生きたプロデューサーが90年代に世に「問うた」音楽がいとも安易に「淘汰」されてしまった2000年代以降の日本社会、いったい何がおこってしまったのだろうか。

L⇔R(エルアール)のアルバム・ジャケット。LとRにちなんだアルバム・タイトルは気が利いている。2000年代に「さくら」な和風J-POPが氾濫する以前は、洋楽的なるものに近接することが「クール」の基準だった

L⇔R(エルアール)のアルバム・ジャケット。LとRにちなんだアルバム・タイトルは気が利いている。
2000年代に「さくら」な和風J-POPが氾濫する以前は、洋楽的なるものに近接することが「クール」の基準だった。


1970年代最後の年に生まれ、1990年代に多感な時期を過ごし、失われた10年に社会に放逐された現代社会の尻拭い世代……の私 いしうらまさゆき が、思い入れの強い1970(1960)年代と1990年代を行きつ戻りつ文化事象を取り上げていきます。どんずまりの現代を照射する、あの時代共通のエッセンスを探って……。(不定期連載)


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