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DAYS JAPANでミーハー学生を図書館に呼び込む 仲正昌樹【第60回】 – 月刊極北

DAYS JAPANでミーハー学生を図書館に呼び込む


仲正昌樹[第60回]
2019年1月12日
[1]

DAYS JAPAN(2018年10月号)

 セクハラ問題が浮上して、デイズジャパンの代表取締役の著名なジャーナリストが解任されるという事件が報道され、ネットでもちょっとした話題になっている。通常、セクハラ、パワハラ問題で糾弾されるのは、権力に近い、「右」と目される著名人であることが多いので、今回の件で、ネット上の「右」寄りの人たちは、今までハラスメント問題で正義をふりかざしてきた左翼に逆襲するいい機会だとばかりに、生き生きと騒いでいる。本人がハラスメントと認めたかのかどうか依然はっきりしていないということもあるので、この件自体については、現時点で私見を述べるつもりはない。
 ただ、『DAYS JAPAN』と、「学生など若い女性に対するハラスメントの疑い」という二点からふと思い出したことがある--この事件自体とは関係ない話である。
 十年くらい前、金沢大学の図書館委員会の委員をやった時のことである。当時、図書館の予算削減と、学生の図書館“離れ”――金沢大学の学生が試験期間の前後とか、レポートを課された時にしか図書館を利用しないのは、何十年も前から言われてきたことなので、今更“離れ”というのもヘンなのだが――をどうやって同時に解決するかという二重の難題が浮上していた。そこで当時の図書館長――私がこの連載でも時々話題にする、英米系の分析哲学を専門とし、ローティの主要著作を翻訳した教授である――や図書館の幹部職員たちが思いついた方策は、①図書館のエントランスの脇を、カフェ・テラスにする②各学類(ほぼ学部に相当)の図書室に既に入っている雑誌は中央図書館での購入を打ち切り、代りに、学生が読みたがるような雑誌を入れる。
 まず、①について。カフェを設置して、本の内容について会話できるようにするということ自体はいいが、それは、カフェの入り口に防音壁を作って、図書館内におしゃべりの声が響き渡らないようにする、という前提での話である。金沢大学の図書館は、学生が大声でおしゃべりしているのを職員がなかなか注意せず、職員同士がカウンターでおしゃべりしていることさえあるので、普段から結構うるさい。飲食禁止のはずなのに、堂々とペットボトルのお茶を飲み、お菓子をほおばっている学生がいる。カフェを作るなら、防音壁を設置するのは不可欠のはずだ。しかし金沢大学の図書館のエントランス脇のスペースはあまり広くないし、図書館のメインスペースに近いので、防音壁を設置するのは構造上難しいように思えた。しかも、図書館は予算がひっ迫しているはずである。
 委員会でその点を質問したら、案の状、数千万単位の金が必要なので無理ということだった。では、うるさくならないようにする対策はあるのか、と聞いたら、明確な返事はなかった。しかし、館長や幹部職員たちは学生を図書館に呼び込むには、カフェが不可欠と頑強に主張する。納得がいかないので、「カフェを作っても、本を借りに来るとは限らないではないですか。本を借りるつもりもなく、飲食したり、おしゃべりするためだけにカフェに出入りする学生ばかりが来て、館内がうるさくなり、真面目な学生の迷惑になるだけではないのか」、と言ったら、職員たちは、具体的な根拠も示さず、そうしないと学生が来ないと決めつける。名古屋大とか立命館大など多くの大学でやっていることだ、と言う。何のことはない、他所の真似をしようとしているだけなのだ。無論、名大や立命館とは、図書館の規模も立地条件も、学生の気質も違うが、そういうことについてちゃんと考えていないようである。館長などは、「考え方の相違ですね。私は、図書館で、コーヒーを飲みながら読書するのが、学生の頃からずっと理想でした」、と言っていた――私はほぼ毎日図書館に出かけているが、カフェの設置前も設置後も彼を、館内の開架図書コーナーや書庫で見かけたことはない。
 もっと問題なのは、②である。学類の図書室に入っている雑誌は当然のことながら、専門性の高い学術雑誌である。一人が利用していたら、その間、他の人は利用できない。コピーのために、外に持ち出したりしていたら、いつ返ってくるか分からない。それで、総合図書館に行って、もう一冊を利用することになる。当然、真面目な学生の話である。不真面目な学生であれば、先生に指示されて調べものをしている場合でも、図書室にその雑誌が見当たりませんでした、と言ってすませてしまうだろう。
 しかも、図書館の職員たちが重複を理由に中止候補に挙げた雑誌の半分くらいは、『ジュリスト』『法学教室』『法学時報』などの法学系の雑誌である。一応、法学類の教員である私にとっては、受け入れがたいリストであった。そして、その代わりに新たに購入する雑誌の候補として挙げていたのが、スポーツ雑誌の『Number』や、いくつかの若者向けとされている総合雑誌、留学生向けの雑誌、そして『DAYS JAPAN』であった。その当時、日本の大学図書館は、欧米の大学の図書館と違って、授業に直接関係する基本図書をあまり備えておらず、学生の自習の場として十分に機能していない、ということが指摘され、金沢大学でも基本図書を備えることに力を入れていたはずである。その主旨に逆行する提案だ。職員は、集めているのは本であって、雑誌ではないということで納得していたのかもしれないが、本気でそう思っていたとしたら、図書館職員として無能である。
 私の他何人かいた法学系の委員から、どうして専門誌を減らして、スポーツ雑誌やサブカル的な総合誌を入れるのか、という疑問の声があがった。選定した職員曰く、「学生の声を聞くと、図書館に来ても、読むものがないということです」。図書館に「読むもの」がないとしゃあしゃあと言ってのける学生も、それを臆面もなく代弁する図書館職員も末期的である。無論、ミーハーな学生が普段めくっているような雑誌や“本”――推理小説やアイドルの写真集、あるいは漫画だろうか――がないということである。そういう学生が、スポーツ、ファッション、サブカルの情報を目当てに来館したら、周囲のことを気にせず騒ぎまわって、真面目な学生に迷惑をかけると予想される。
 専門的な雑誌を読んでちゃんと勉強しようという少数の学生よりも、そういうふざけた、あまりやる気のない学生を優遇しようとするのは、図書館の存在理由からみて、全くもって本末転倒である。それが、 「学生のため」だと本気で思っているとしたら、図書館の本分を忘れている。
 私たちがその点をしつこく問いただすと、(単なる苦し紛れの言い訳にすぎなかったのかもしれないが)「そういう読書の習慣のない学生には、カフェでくつろいでもらうとか、多くの難しい本に囲まれた環境の中で、スポーツや若者文化系の雑誌を読むことを通して、『本』の存在を知り、慣れてもらうことが大事です」、と真顔で言い出す。レストランとかコンビニ、ドンキホーテなら、呼び水として、それ自体としてはあまり利益があがらない、安い人気商品を並べるという戦略は理解できるが、図書館で、ミーハーな雑誌を、学術書を読ませるための呼び水にするというのは聞いたことがない。効果があがるとは到底思えなかった。『Number』をめくっている内に、ふと、カント、ヘーゲル、ウェーバー、フロイトやミクロ経済の教科書のようなものが存在していることに気付き、「本の世界」に目覚める、などとということがありうるのか?図書館情報学を自ら研究しているという幹部職員もいたので、そういう私には想像もつかないような現象が起こるという研究報告があるのなら、教えて欲しいと皮肉で聞いた。無論、まともな答えはなく、その職員は、「そんな改革を妨げるような質問をされるのは心外です」、などと言っていた。逆ギレである。
 実際には、「学生のニーズに合わせる」という大義名分は表向きの話で、実際には、文科省への実績報告書に、入館者数を増やすために企画を立てて努力し、ある程度目標を達成したと書きたいだけだろう。彼らも、質疑応答の中で、そういう動機があることは暗に認めていた。効果があるかどうか分からないけど、とにかく何か努力している、と報告したい、自分が課長をやっている間に、ほんの少しでも入館者数が増えたらラッキーという感覚なのだろう。
 そういうやりとりの中で、ミーハーな雑誌と並んで、『DAYS JAPAN』が挙げられていたのが少なからず気になった。一応写真誌だが、スポーツとかサブカルにしか関心のない学生が好んで読むものとは到底思えない。「若者向け」という自分たちで設定した括りについて何か勘違いをしているのか、それとも、思想的な動機に基づいて火事場泥棒的なことをやろうとしているのか。どうも腑に落ちないので、「DAYSがどんな雑誌か知ったうえで、若い学生向けの雑誌だと言っているんですか?」と質問したところ、結構年輩の女性職員が興奮した――その方面の女性活動家のような――口調で、「学生を呼び込むために工夫することは、図書館の使命と信じております」、と言い切るので、何となく分かったような気がした。
 思想的な動機が混じっているにせよいないにせよ、もう一冊入っているからという口実で、真面目に勉強している学生にとって不可欠の専門的雑誌よりも、ミーハーな雑誌やイデオロギー色の強い写真誌を優先するような方針を認めるわけにはいかない。すったもんだの挙げ句、法学系の雑誌は維持したまま、予算枠を多少やりくりして、『DAYS JAPAN』を含む、二、三の雑誌を新規購入することになった。『DAYS JAPAN』は今も雑誌コーナーに並べられている。カフェは案の状、結構うるさい。カフェの手前のエントランス・ホールに立ち止まったままおしゃべりし続ける学生が多い。
 今回のデイズジャパン騒動で、その時の嫌なやりとりを思い出した。