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猫が主役の竹本一家(3) ペロ家出事件顛末記1 たけもとのぶひろ – 月刊極北

猫が主役の竹本一家(2)


ペロ家出事件顛末記1

たけもとのぶひろ
2018年6月28日
[1]

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“ふとした弾みで家を出た、それが家出になっちゃったんだ、ごめんなさい”

 2012(平成17)年10月31日、ペロは7歳。竹本猫ファミリーは、思いもよらぬ事件に遭遇する。その、てんやわんやの大騒ぎの顛末を書く。
 お昼前、多分11時半にはまだなっていない頃、ぼくは家を出た。出るときに、玄関の引き戸をきちんと閉めていなかったらしい。10センチほどの隙間を通って、まず五郎が、続いてペロが外に出てしまった。ぼくと連れ合いは事態の重大さに気づいた。なにしろ、7歳のペロは普段から抱っこさえできないのだ。どうして捕まえるか?! 
 連れは半狂乱。二人で二匹を追いかける。ぼくらの大騒ぎに驚いて、五郎のほうはすぐに玄関から家の中に入ってくれたが、ペロのほうは完全にパニックになってしまう。
 ぼくは玄関の門を出て裏口に回る。連れは玄関にいるので、二人で挟んで捕まえるつもり。そもそもそういうことを考えること自体が、間違いだった。猫の運動神経とぼくら人間のそれとでは、勝負にならない。ペロは全力疾走でもってぼくらの阻止線を破り、いなくなってしまった。

 最初にしたことは保健センターへの電話。殺処分を阻止するため、万が一捕まり届けられたときの連絡を乞う。
 庭の縁側の端っこに置いていた外猫「トラ」の小屋を撤去する。ぼくらが飼っている猫は五郎、ニ〜子、ペロの三匹の猫だが、ほかにもう一匹、いわゆる外猫を「トラ」と呼んでご飯をあげている。ぼくの家の三匹は絶対に外に出さないので、家の敷地——小さな庭、玄関部分、裏側の通路――は、事実上トラの縄張りになる。ということは、そのトラの縄張りを突破しないと、ペロは帰って来られないことを意味する。したがって、トラのハウスを撤去せざるをえない。さらに友人のアドバイスによると、トラの縄張りを否定するためには、トラの通り道にペロとニ〜子と五郎のおしっこの匂いのする砂の塊を撒いて、トラを排除し、ペロが帰ってこられるように道を開けてあげる必要があるとのこと。もちろん言われた通り、わが家の猫のおしっこの匂いで家の敷地を包囲する。

 10月31日の昼過ぎから暗くなるまで、近所中の何十軒もの家の一軒一軒に当たってペロを捜す。他人の家の中を覗き、庭を探り、地面に頭をこすりつけながら自動車の下を見る。この際、何の彼のと言ってられない。まっぴらご免なすってと、空き家――驚いたことに何軒もある! そういう時代なのだ――の中に入らせてもらう。
「ペロ〜!ペロ〜!」
「ペッちゃん、おいで、お父さんだよ! ぺ〜!」

 同日夜。ペロが帰って来てくれたときに入って寝られるように猫用ハウスを組み立てて、裏の通路に置く。そして水とエサ。暖房も入れてあげなくては。
 実を言うとペロという猫は普通の猫ではない。家の中で飼えるようになるまでに、ほとんど1年近くかかった。その間ずっと、ペロは陽の当たらない裏の通路に猫用ハウスを置いてもらって、そこで生活していた。エサを待ちながらも持って行くと、舐められたらあかんとでも思うのか、一丁前に “ファ〜ッ” と威嚇する毎日だったが。その場所なら、その頃のことを思い出してくれるかもしれず、帰って来る確率が高いのではないか。しかし問題は、帰還の “確率” ではない。 “絶対の” 帰還なのだ。今夜中に友だちやボランティアグループの方に頼んで、捕獲器を貸してもらわなくては。

 翌11月1日。
 写真付きのポスターを作って電柱に貼って回る、5枚。 “見かけたらご連絡を!” のお願いチラシをコンビニでコピーして各家にポスティング。その文面は以下の通り。
 「10月31日昼前、飼っていた猫が居なくなりました。7歳のメス。白黒の猫です。
 体長は普通よりも小さく、鼻の先に、ちょびひげがあります。時々舌が出ています。
 人間には馴れていないため、捕まりません。お見かけになった方は、至急ご連絡くださいますよう、お願いします。病気(慢性腎不全)をかかえているため、心配しています。どうかご一報くださいますよう、よろしくお願い致します。」

 昨日に続いて今日も、近所を見て回る。実際にはどこにいるのかわからないのだが、すぐ先にペロがいるような気がしてならない。その姿の見えないペロに呼びかける。語りかけるように呼ぶ。
「ペロや!  ペッちゃん!」
「ペ〜!  お父さんだよ、おいで!」
 すぐ近所、探索圏内に、お地蔵さんがある。お賽銭をはずんで拝む。目をつむり、手を合わせ、頭を下げて、ただひたすら頼む。どうか帰ってきますように、と。
 猫は必ず、逃げたところから帰ってくる、と助言してくれる人があったから、玄関は閉めない。門も同様の理由で開けておく。15センチ、夜も遅くまで開けたままで待つ。

 11月2日。
 昼過ぎ、大阪のボランティア団体の青年が捕獲器を届けてくれる。青年の説明によると、
 それの構造と使い方は非常に単純でわかりやすい。以下に要約を示す。
 捕獲器(檻)の形は細長い直方体で、正方形に近い小さめの長方形(26×27.5cm)2枚と細長い大きめの長方形(75×26or27.5)4枚を組み合わせてできている。6枚の長方形は太い頑丈な針金を編んで作ってある。
 つまり、捕獲器の5つの壁面と1枚の地面部分はいずれも太い針金の網目だから、中は丸見えだ。正方形に近い小さめの長方形の1枚が、捕獲対象の入り口とされている(入ったら出られない)。それを内側の天井に吊り上げておく。猫はそこから中へと入って行く。一番奥に皿を置いてエサ(鳥の唐揚げ)を乗せておく。匂いにつられて捕獲器に近づいてきた猫は、その入り口を入り、唐揚げに向かって奥へと進む。猫が歩くところは新聞紙を二つ折りにして敷いてあるので見えないけれど、唐揚げの少し手前に、鉄製の踏み板が仕掛けてある。唐揚げを食うためには、その踏み板の上に乗らざるをえない仕掛けになっている。乗らざるをえないから、乗る。と同時に、入り口の天井に吊り上げられていたふたが下りてきて、猫を中に閉じこめてしまう。

 話を聞いている分にはやすやすとやってのけられそうに聞こえるが、実際には何が起こるかわからない危険がともなう。猫を確実に捕獲するためには、この捕獲器の中のエサを安全に獲得できることを猫自身に学習させ、確信させる必要がある。だから、最低2回は、入り口のふたが下りてこないようにふたを紐で縛って固定しておいて、実際に危険な目に遭わずにエサを食べられるということを、猫に体験して知ってもらわなければならない。
学習させずに、いきなり捕りにかかって、万が一失敗すると、猫は危険を察知して二度と捕獲器に近づいてくれない恐れがある、というのだ。
青年が付け加えたこの “但し書き” は、実に悩ましい。仮にペロが捕獲器の中に入ったのを見ていても、みすみすそれを見逃して、彼女に学習してもらうなんてことが現実にできるだろうか。

 連れ合いは、コンビニへ鳥の唐揚げを買いに行く。ここ数年のあいだ慢性腎不全のため病院通いをしてきたペロにとって、唐揚げは良くないけれど、そんなこと言っていられない。夕刻より、捕獲器を小屋の前に仕掛ける。雨が降ったときのことを考えて、厚手のビニールをフェンスとサッシの窓枠との間に渡して、簡単な雨よけを作る。
 また、夜行性の猫のことゆえペロは夜に来るかもしれず、その際、見張り番のぼくの眼に見えるように、懐中電灯を、雨よけの下のフェンスにくくりつけ、常時明るくしておく。えさ場(捕獲器と小屋)のちょうど真上がぼくの部屋なので、こうしておけば、夜になっても彼女を見張ることができる。
 夕刻5時過ぎ、トラが通る。用意しておいた石を投げる。当たらないように。トラは野良猫ではあっても、ぼくらが朝晩エサをあげている外猫だから、ぼくらが急に敵意をもって攻撃してくるのはなぜなのか、理解できないに違いない。今迄はトラの縄張りを守るために他の野良猫を排除してきてくれた、その同じ人たちがどうして? と。トラがうろうろしていると、ペロが怖くて帰って来られないのではないか、とぼくらはそれを恐れていて、だからペロが帰ってくる迄の少しの間、彼女にはこの家に近寄らないでいてほしいだけなのだが、もちろんわかってもらえない。

 夜9時頃、ペロが来る。ぼくの窓の下に姿を見せた。数分のうちに2回。腹が減っているのだろう。が、捕獲器の中には入ってくれない。気のせいかもしれないが、タイミング的には、目が合ったから逃げたのかもしれず、心配になる。夜10時、見張りを止める。
 興奮していて眠れない。ほとんどの本を捨ててしまったのに、猫の本は写真集なんかを含めて、捨てないでとっておいたらしい。情報を探す。関連情報の載っている本が2冊あった。当該部分を引用しておく。
①『こんにちはネコ』(婦人画報社)
「かわいがっていたねこが家出をしたきり、帰ってこない。そんなとき人間は、ずいぶんボクたちのことを心配しますね。もしあなたが、愛情をもってボクたちの世話をしてくれる飼い主であれば、ボクたちは絶対に家に帰りたいと望んでいます。
 なにしろ、家では食物も安全も簡単に手に入ります。甘えられる飼い主もいます。でも、知らない場所ではそうはいきません。空腹などの現実の壁にぶつかって、パニックがおさまることだってあります。
 ねこが帰ってこないのは、何らかの理由で「帰れない」だけなのです。」
②『猫と暮らせば』(南里秀子 駒草出版)
「水さえ飲んでいれば1週間くらいはご飯を食べなくても大丈夫。」
「そうそう、見つかったけれど、怯えて出てこないこともあります。でも、こちらが焦ったり、興奮しなければ、必ず出てきますからね。」
 ①②ともに、ペロは帰りたいけど帰れないのだと指摘してくれている。そういえば姿を見せてくれており、ということは彼女が遠くへは行っていないことを示唆している。まだまだ始まったばかりだし、希望はあるのだ。と、自分に言い聞かして、なんとか眠ろうとするも、ぼく自身の不注意で起きた失踪事件だけに、自責の念で夜中まで眠れない。

 連れはと言うと、「私の宝物のペロがもし帰ってこなかったら、許せない、タダでは済まない」と恫喝する一方で、取りつく島もないというか……。