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「天皇を読む」第17回 たけもとのぶひろ【第134回】 – 月刊極北

「天皇を読む」第17回


たけもとのぶひろ[第134回]
2017年10月3日
[1]

1946年元日付「毎日新聞」朝刊1面

1946年元日付「毎日新聞」朝刊1面


1945年8月16日付「毎日新聞」1面に掲載された写真

1945年8月16日付「毎日新聞」1面に掲載された写真

再思三考する「天皇のこと」①
 「玉音放送」から「人間宣言」へ

 「おことば」について考えるなかで、保阪正康さんの「天皇のご意思は満たされたか」(新潮45 2017年8月号)を取り上げました。書いていたそのときから、もう少し踏み込んで書きたいと思ったことがありました。ただ、それを書きだすと、そのとき書こうとしていた内容からどんどん外れて遠くへ行ってしまいそうな気がして、書くのを断念したのでした。その断念していたことを書きます。

 「おことば」から10カ月の時を経た上記論文執筆の時点で保阪さんは、このスピーチは「平成の人間宣言」ではないかと思った、それが実感だった、という意味のことを述懐しておられます。この表現のもとになっているのは、もちろん「昭和の人間宣言」です。
 ということは、保阪さんに成り代っていうと、今上天皇のこの度の「おことば」は、歴史を画した、かの「人間宣言」の平成版とさえ言ってよいほどのスピーチだったのではないか——という、そういうことではないでしょうか。「おことば」の歴史的意義は、昭和天皇の「人間宣言」のそれになぞらえることができるくらい、それほど重いのではないか――保阪さんの評価はそういうことだと思うのです。

 このように昭和天皇の「人間宣言」を引き合いに出した以上、保阪さんとしては、もともとの「人間宣言」について一言あって然るべき、と思われたかどうか、「平成の人間宣言」を論ずるに際して、「昭和天皇の人間宣言」について言及されています。以下の通りです。
 曰く。「昭和天皇の「人間宣言」(正確には昭和21年1月1日に発せられた「新日本建設ニ関スル詔書」)では、天皇と国民の紐帯は、<天皇を神とする考え>で結ばれているのではないと否定した形になっている。 (改行)確かに「人間宣言」といっても、今さら天皇が人間であり神ではないと宣言したわけではなかった」と。

 保阪さんのこの指摘が何を意味するのか、ぼくにはなかなか呑み込めませんでした。肯定があり、否定があり、否定の否定があり……ですから、自分の頭の中で筋道がごちゃごちゃになって、どうやっても得心がいかないのでした。それも当然です、ぼくは「人間宣言」について、そういう歴史上の事実があったとの知識があるだけで、当の「宣言」が何をどういう意味合いで宣言したものなのかとか、どのような時代的背景のもとでの宣言であったのかとか、そういう知識は何も持ち合わせていなかったのですから。

 想い起こすのは、すでに別のところで論じた「玉音放送」の有り様です。本当は人間であるのに偽って神であるかのように見せかけるために、随分と手の込んだ “偽装工作” がなされたという事実です。その手順は以下の通りでした。
①昭和天皇に「宣言」を朗読してもらう、
②その声を “神の声” に擬して録音し録音盤を作成する、
③そのレコードを再生し放送する、
④その直後に同じ宣言文をアナウンサーに再読させ放送する、
⑤この二度目の放送は最初の放送が “神の声” であったことを跡づけるかのように為されている、等々。ここまでは、すでに別のところで論じたことの復習です。違うのはここからです。

⑥これほどまでの無理を押して、いったい玉音放送は何を伝えたかったのでしょうか。
 ポツダム宣言の受諾を決意し、受諾の旨を連合国に申入れたのは、天皇です。その上で、国内向け放送でもって「終戦」を宣言したのも天皇です。「その天皇が今以って神である」ということ。玉音放送が伝えたかったことは、この一事に尽きるのではないでしょうか。
 すなわち、天皇による「ポツダム宣言の受諾=終戦の宣言」は “神の声” である、別言すれば、「現人神(あらひとがみ)」という神格において、あるいは「現御神(あきつかみ)」という地位に在る者として、発しているのだ、という主張です。
 これをさらに言うと、敗北の事実を受け容れざるを得ない、その時点に立ち至ってもなお、日本は元首を神であるとし、天皇の神格を――いわゆる「国体護持」を主張して譲らなかったと、そういうことではないでしょうか。

 その玉音放送があって半月経った8月30日、マッカーサーが厚木基地に降り立ちます。3日後の9月2日、マッカーサーを最高司令官とするGHQは、米艦ミズーリ号の艦上にて日本降伏文書の調印式をとり行なって正式に日本を占領するや、矢継ぎ早に統治政策を繰り出していくのでした。なかでも重要なのが、玉音放送からちょうど4カ月後の12月15日に出された「神道指令」です。これによってGHQは、国家神道の禁止(=国家と神道の分離)を命令したのでしたが、その際、天皇が自から神格否定の意志を表明するようにと要求することも忘れませんでした。即ち、神聖天皇に対する “自己批判要求” です。

 彼らの言いたいことは、有り体に言えばこういうことだったと思います。――この国はGHQの占領下にあって、最高司令官マッカーサーが統治している、 “現人神” 天皇はもはや存在しない、ないものをあるかのように偽装するのは止めてもらわなければならない、早い話、天皇は神ではなくて人間である、と国の内外に向けて宣言してもらわなければならない、というふうなことだったと。

 マッカーサーは日本の土を踏む前から、GHQによる日本支配の方針を決めていました。直接統治方式を避けて、天皇制利用による間接統治に拠るということを、彼はあらかじめ決断していました。天皇制を利用するためには、諸外国の天皇退位要求ないし天皇訴追要求を和らげ、最終的には斥けて、天皇制を守らなければなりません。諸外国の攻勢を阻むには、天皇自身の劇的変容を演出するに如くはない、ということでした。天皇自らが、神であることをやめて人間であることを宣言する、「神格否定宣言=人間宣言」を世界に向けて発信する――これがGHQのアイデアでした。

 このようなGHQの意向(要請)に天皇の同意を得て生まれたのが、1946年正月元旦の「人間宣言」だった、と察せられます。それもそのはずで、皇室サイドからしても国内事情から言っても、この『宣言』はいかにも唐突です。
 •そもそも皇室の元旦は宮中祭祀の行事があるため、慣例として詔勅を出すというふうなことはしていないそうです。それもあってか、この詔勅には正式な「題名」がなく、それに準ずる「件名」があるのみだと言います。その件名も冗長で使い勝手が悪すぎるということがあったのかどうか、国立公文書館がこの詔書を短く「新日本建設ニ関スル詔書」とタイトルをつけて所蔵しているそうです。
 •ところが天皇は、その、未だかつてない年頭詔勅を発する必要に迫られました。ときは敗戦直後、日本は全都市・全産業が全面的に破壊され、国民は塗炭の苦しみに陥っています。国民に向かって何かを言うとしたら、国民を鼓舞する檄文以外の、いったい何が考えられたでしょうか。

 実際に、「詔勅(宣言)」の構成はそうなっています。
 冒頭の「五箇条之御誓文」の直ぐ後の長いセンテンスのなかに、まず「……官民挙ゲテ平和主義ニ徹シ、新日本ヲ建設スベシ」とあります。
 そして後半の二センテンスは、こう述べています。「朕ノ政府ハ国民ノ試練ト苦難トヲ緩和センガ為、アラユル施策ト経営トニ万全ノ方途ヲ講ズベシ。」「同時ニ朕ハ我国民ガ時艱ニ蹶起シ、当面ノ困苦克服ノ為ニ、又産業及文運振興ノ為ニ勇徃センコトヲ希念ス。」
 これを敷衍する短いセンテンス二つを置いて、結語は次の文言で結ばれています。曰く。
 「一年ノ計ハ年頭ニ在リ。朕ハ朕ノ信頼スル国民ガ朕ト其ノ心ヲ一ニシテ自ラ奮ヒ、自ラ励マシ、以テ此ノ大業ヲ成就センコトヲ庶幾(こいねご)フ。 御名御爾。」 

 しかし、GHQの要請は「人間宣言」です。天皇もその周辺も、困惑したでしょう。此の期に及んで、いったい何の話か、と。なぜなら、もともと天皇は、正式に事改めて「朕は神であるぞよ」と宣言したわけではないからです。したがって、事改めて「神ではないぞ、人間であるぞ」と宣言する動機がありません。また、この国の人間にしても、天皇が人間であることは当たり前で、何を今さら「人間であるぞよ」なんて噴飯モノです。だからでしょう、当時の新聞に「人間宣言」という文言はありません。

 にもかかわらず、占領下の日本の支配者はGHQですから、その要請には従わなければなりません。で、日本側はどのように対処したか。天皇は、彼らの要求のままに、神であることを否定して、人間であると宣言したのか。これは「宣言」の原文に即して、丁寧に見なければなりません。原文、と書きましたが、原文は日本人が英語で書いて、日本人がその英文を日本語に邦訳したものだそうです。これには、ぼくは驚きました、曰く言いがたい複雑な気持ちです。                      

 この文書は、どういう経緯で、誰がどのように関わって、出来上がったのか——まずは、そのだいたいの筋道を見ておきたいと思います。
① GHQは既述の通り、1945年12月15日に神道指令を発した際、天皇自らが神格を否定するよう要請しました。これを受けて宮内省は、学習院米国人英語教師に依頼、あとGHQの米国人一人が加わって、宣言の案文が作成されました。
 これとは別に天皇は天皇で動いています。同月23日、宮内省の木下侍従次長と会って話しています。木下の考えは、天皇が現人神であることのみを否定し、神の末裔であることまでは否定しない、というものです。そして翌24日、天皇は続けて内閣総理大臣の幣原喜重郎と会っています。幣原は、この際に天皇の神格化を改めるというものでした。天皇は木下案を否定しませんでした。しかし、幣原案についても合意した、とされています。

 •25日、幣原喜重郎・内閣総理大臣が前田多門・文部大臣の案をもとに英文で原案を作成し、秘書官に命じて邦訳させ、できあがった邦訳を前田文相ほか2名の官僚が推敲して仕上げ、天皇にも見せて――「五箇条之御誓文」を加えるとの――天皇の要請をも受け入れ、できた案文をマッカーサーに示した、とされています。(それにしても驚きです! 日本人が原案を英語で書き、それを日本人が邦訳したとは!)。
 その後、木下侍従次長が別案を文書にして提出、それに対して幣原・前田側はどうしたこうした、といった複雑な動きがあり、究竟するところ、日本側は「天皇が神であること」「神の末裔であること」「現人神であること」を否定したのか・否定しなかったのか、どちらとも採れる、有耶無耶な話になっている――ぼくはそういう印象です。

 •天皇の神格をめぐる、上記のように込み入った事情に立ち入ることはしません。天皇の要請にせよ、侍従長の別案作成にせよ、大筋に関係ない、枝葉末節の類いと見なされるからです。『宣言』文案作成を主導した中心人物は、幣原喜重郎と前田多門です。
 時の文相・前田多門――クエーカー・コネクションの中心人物にして天皇尊崇者、精神科医・神谷美恵子の父君――は、同年12月の国会答弁で次のように答えています。「天皇は神である。西欧的な概念の神ではないが、日本の伝統的な概念で、この世の最高位にあるという意味では神である」と。
 何も恐れることはない、忖度するに及ばない、あからさまに言えば、これに尽きるのですが、GHQの手前があるのかないのか、英語原文もその邦訳原文も、要領を得ず、判然としません。どうしてこうなるのか、現物に当たってみましょう。

 先述したように、『人間宣言』は国内向けには「新日本建設の檄文」として書かれています。その内容を「起承転結」になぞらえて言えば、「起」は「五箇条之御誓文」、「承」と「結」が「新日本建設」、間の「転」の部分に差し挟むようにして挿入されているのが、件の「人間宣言」に当たる部分ではないでしょうか。それは三つのパーツ(四つのセンテンス)でもって出来ています。以下において順に見ていきます(まず英語原文を挙げ、次にその邦訳を示し、あわせて検討する――このやり方でいきます)。    

 第1パーツ。【英語原文】
 We stand by the people and We wish always to share with
 them in their moments of joys and sorrows.
【邦訳】朕ハ爾等国民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休戚(きゅうせき:喜びと悲しみ)ヲ分カタント欲ス。

① 「We=朕」には驚きました。「朕」については、秦の始皇帝が皇帝専用の一人称とされており、それを日本が輸入、天皇の公文書上の自称・一人称として使用、日本書紀の中で神武天皇に自称させているところから、8世紀前半には既に使われていたとされます。天皇が朕と自称することはいいのです。しかし、日本人がそれを英語原文で書くとき、どうして「I」ではなくて「We」にならなければならないのか、なぜ一人称単数ではなくて一人称複数でなければならないのでしょうか。
②「We」の前提になっているのは、今現在の天皇、その時々の今上天皇が一人の人間として・あるいは個人として国民を統治・統合しているのではない、ということ。そもそも天皇なるものは、一人の人間とか個人という認識では尽くせない存在である、ということ。天皇家は「万世一系」の「皇祖皇宗」の「皇統(血筋の継承)」として存在している、その、先祖代々から切れ目なくつながる皇室の中で、この皇統に支えながら、この皇統を代表するかたちで、今現在の天皇の地位に就いているのが今上天皇である、再言すれば、天皇は万世一系の天皇一族(皇祖皇宗)と一体であって、一人一人を切り離して個々の天皇というふうに考えることができない、したがって、天皇は「We」でなければならない、「I」ではありえない__そういうことではないでしょうか。
③第1パーツでは、要するに、天皇は国民と共にある、人間である、と言っています。

 第2パーツ。【英語原文】
  The ties between Us and Our people have always stood
 upon mutual trust and affection. They(=the ties) do not depend upon mere legends and myths.
【邦訳】朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。

 •第1パーツのセンテンス冒頭のWeは、この第2パーツの文中ではUsおよびOurと変化していますが、いずれも大文字です。朕(We)が只の人間ではなく、神的存在であることを示しています。「……do not depend upon mere……」の表現は部分否定になっており、込み入った邦訳にならざるをえません。上記の英文と邦文をあわせて読んで、その言わんとするところを敷衍して述べると、以下のようになるのではないでしょうか。
①上に「朕(天皇)は神的存在である」と書きましたが、だからといって、「朕」は国民から隔絶された存在ではありません。国民との間には絆 ties があって、人間的な信頼と敬愛によって結ばれています。ここで言いたいのは、この、朕と国民との間の一体感 ties というものが、単なるお話として語り伝えられてきた伝説や神話に止まるものではないということです。もちろん伝説や神話が我らの絆にとって大切な拠り所であることは言う迄もないことなのですが。
②伝説や神話は、皇祖皇宗の皇統(皇室・天皇)の側と国民の側――この両サイドに架橋する(=bridgeをかける)のが役割なのではないでしょうか。
天皇(朕)と国民とは、絶対的な壁でもって隔てられているのではなく、むしろ連続している――地続きとまでは言えないにしても――橋が架かっている、そういう関係なのではないか、ということです。
③第2パーツは、天皇と国民との絆は人間的な信頼と敬愛にある、天皇は人間的存在である、と言っています。
                                    
 第3パーツ。【英語原文】
 They(=the ties) are not predicated on the false conceptions
 that the Emperor is devine, and that the Japanese people are superior to other races and fated to rule the world.
【邦訳】朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、天皇ヲ以テ現御神(あきつかみ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。

 •上記二つのパーツと違って、この第3パーツの肝腎の要は、天皇自らが “天皇は神では
ない” と宣言することです。それがGHQの要求でした。そして英語原文は、GHQの要請に応えています。幣原喜重郎・前田多門に拠る英語原文を敷衍して日本語にすると、こうなるはずです。すなわち、「我々はかつてこう考えていた――天皇は神聖にして侵すべからざる神である、と。その神を戴いているところから、延いては我が民族が他民族よりも優越しており、したがって、世界の支配者たるべく運命づけられているのだ、と。しかし、これらの考えは間違っていた。今日只今における、朕と爾等国民との間の紐帯は、このような間違った考えに基づくものではないことを、ここに宣言する。」――邦訳は、おおよそこのようなものでなければならなかった、とぼくは思うのですが……。
 •the Emperor is divine. のdivine という単語は、王権神授説における「神=絶対神」「造物主」Godを暗に示すものです。そして我が天皇がこのGodとはまったく無縁の存在であることを、幣原喜重郎・前田多門らはもちろん承知しておりました。しかし、二人はGHQに対して、天皇がGodではない、と断言してみせないと、彼らは納得しないことも承知していたと思うのです。こうしてGHQの要求に応えるかたちで『人間宣言』のこの部分が書かれたのではないでしょうか。
 •上記英語原文を日本人向けに邦訳すると、どうなったか。「天皇ヲ以テ現御神(あきつかみ)トシ」たことが間違っていたのだ、というふうに別の話になっています。
 つまり、「人間宣言」における天皇の神格否定は、GHQ西洋人に対しては、天皇はGodではないと言い、国内に向けては、天皇は現御神(=この世に生きている神)ではないとまったく別のことを言っている、ということです。